かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第298話「ヘルプマークの意味と個人情報」【2017年6月】

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最近の私はヘルプマークを付けたり隠したりしています。隠す時は、保育園の送り迎えや、ご近所で。病気がある事を知らせる事がデメリットになる可能性が高いからです。付ける時は、移動中、電車や地下鉄の中で。私が立っている時に「席を譲って」というつもりはなくて、どちらかと言うと、席に座っている時に「座る理由があります」の意味で付けています。

理由の詳細について気になる人、聞きたい人、聞かないと納得いかない人など色々いますが、「それって個人情報じゃないの?」と私は感じています。

過去にPTAの仕事への配慮を求めた時に、身体障害者手帳のコピーをよこせという話になりました。でも、「それは個人情報だし、いくらでも悪用できるので無理だ」とPTA会長に伝えたら、暴言の嵐。話は破綻してしまいました。

校長先生は、「病気の詳細を全保護者が納得するまで説明する説明会を開いてください」と言っていました。「それも個人情報で、任意団体であるPTAに対してそこまで説明する義務ありますか?」という話になりました。

(PTAは結局免除になりました。全保護者に身体障害者だというプリントが配布されて、おかしな学校だなと思いましたが、ここは、配慮を求めて関わるより、免除になって離れた方がいいPTAでした。)

さて。話はヘルプマークに戻って。電車の席や、優先座席、エレベーター、広いトイレ(みんなのトイレ、障害者用トイレなど)、障害者専用駐車場等を利用する時、様々なトラブルから思うことは、「自分の疑問をそのまま相手にぶつけてしまっていいのか」ということです。

”あいつ、病気でも何でもないのに障害者用を利用してる!なんやねん!”と感じたとして、それは本当にそうなのか、思い込みの部分はないのか。相手に問いかける時、個人情報に触れていないのか。

経験上、何かトラブルが起きそうな場所で、ヘルプマークを付けていると、「相手が生の疑問をぶつけてくる事が減る」と私は感じています。一瞬、立ち止まらせる、そんな感じです。

もっとヘルプマークが浸透すればいいなぁと思う今日この頃です……。

つづく。

第297話「必要以上の怒りは受け取らなくていい。」【2017年6月】

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先日スーパーで。若いママさんから「お前ー!!邪魔や!どけ!」と言われました。通路は空いていました。私が見ていた棚を見る様子でもありませんでした。

青信号で横断歩道を渡る時も、歩くのが遅いせいか、「ババア!走れや!ひき殺すぞ!」とよく言われます。

電車で座っていたら、年配の方から「立てや!」コール。

この辺のガラ悪いっていうのはあると思うけど。ちょっと様子がオカシイな?、何か別のことにイラついてるな?という人に絡まれる事が多いです。

基本スルーしますが、たまに出る外出で、気持ちよく過ごせた事がない。……振り返ると、昔から、誰かの必要以上の怒りをぶつけられる事が多いです。(相手の危険度によっては警察を呼んだ事もある…。)

PTAで散々やられて来て、ぶつけられ慣れてはいても、受け取ってしまうとモヤモヤ、嫌な気分になるので、最近は、全く感情を受け取らないようにしています。

事実として、目の前で起こった事の記憶はありますが、売られたケンカは買わず、怒りの感情は受け取らないスタンスです。もちろん、相手は危険な感じなのでその場から避難はしますが、気持ちを後に引き摺らない為には、そもそも受け取らないというわけです。

Sくんも最近は同じようにしているそうです。揶揄う奴や、嫌がらせをして来たり、言ってくる奴、全部無視しているそうです。あまりにしつこかったり、怪我をさせられた時は先生を呼ぶそうです。

本当の意味で気にしない、必要以上の怒りは受け取らない。子供も大人も、心の健康を保つ為に大切な事だと思います……。

つづく。

第296話「二分脊椎症は悪化しないという誤解」【2017年6月】

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生まれつき二分脊椎症の私です。脂肪腫除去の手術を、0歳、8歳、17歳にして、次回は先延ばしにしています。大手術のおかげで痛みは格段に減りましたが、困りが減ることはありませんでした。

小児の分野で二分脊椎症を診る先生方はたくさんいらっしゃいますが、外科的な手術をやりつくしてやる事がなくなったら、その後は、「なんかあったらおいで〜」と、通院もしなくていいと言われ、そのままその後が分からなくなるケースが多くあります。
(過去に通っていた病院から、先天性の二分脊椎症の方のその後について、調査があった事がありました。)

私の場合は、消化器系、泌尿器系、婦人科系にも病気があるので投薬中、1〜2ヶ月おきに各科へ。脂肪腫がまだまだ神経の間に埋まっているので脳神経外科も定期的にMRIを取るし、あちこち激痛に見舞われるので整形外科にもよく行きます。何科に行けばいいのか分からない胸の激痛と、手足の痺れ、眩暈と、ぐわんとする頭痛もあります。

見た目に分からない場合や、潜在性の場合は二分脊椎である事も気付かずに大人になるケースもあります。困りが分かりにくい、自分でもよく分からないまま月日ばかりが流れる場合もあります。進学、就職、結婚、女性なら出産、子育て、PTA……とライフステージに合わせた専門的なケアが必要です。

二分脊椎そのものは劇的に悪化しないけれど、生きる為に”他の調整”が必要。そして、複合的に、現実の生活は悪化していて、工夫や理解が必要になります。この事が伝わっていないのが、大人の二分脊椎症の二番目の苦しみかな?と思います。

二分脊椎症に対する誤解についてでした……。

つづく。

第295話「優しい声かけ」【2017年6月】

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「優しく声かけ・行動すれば、優しく返ってくる。」これを少しずつですが、かいじゅう兄弟が取り組み始めているように見えます。

一番顕著なのは、Sくん。パパに対して一生懸命優しく話しかけています。弟Aくんは、それでもこじれるSくんとパパの間で、Sくんを無言でフォローするようになってきました。

夜の片付け問題、宿題やったやらない問題で、Sくんとパパがこじれて、不器用なSくんが足元に自分で置いた色鉛筆の箱につまづいて転けました。泣きわめくSくんと、怒鳴るパパ。

弟Aくんがどのような行動に出るか見ていたら、黙って、色鉛筆を片付け始めました。

以前の弟Aくんなら、Sくんに、「ドジやなぁ!」と言ったり、パパに「うるさい!」と言ったりしていました。

発達障害があるから、もしかしたら、気持ちの根底まで掬い上げられはしないのかもしれませんが、誰かが困っている時の行動を保育園などで学んできているのかもしれないなと感じました。

子供達の方から優しくなり始めている……!私達も見習わなけばならないなと思いました……。

つづく。

第294話「療育の保護者会」【2017年6月】

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弟Aくんがお世話になっている療育施設の保護者会へ初参加。精神科医の先生がお話に来てくださいました。箇条書きですが、載せておきます。

・子供を受け入れる
子供を受け入れるとは、「ありのまま、今の子供を認めていく」こと。どうしても悪い所へ目が行きがちだけれど、いい所を探す。相手を認めるの反対は、相手を批判する、悪い所ばかりを見ること。ありのままの反対は、親が「こうあって欲しい」という想い。お父さん、お母さんは、意識しないと、いい所を見ることを忘れてしまう。

・信じること
人間以外の動物は、全面的に子供を受け入れる。人間以外の動物の赤ちゃんは、産まれてすぐから自分で動く。危険回避ができる。人間以外の動物は、「相手を信用しない所から始まる」。人間の赤ちゃんは何もできない。「相手を信じる、任すから始まる。」

・信用度
信用度が高いと、こちらの問いかけが入りやすい。低いと、入りにくい。

・自尊心
親に認められることで、自尊心が育つ。安定する。家庭内で自尊心が高く、安定していると、外からの刺激に強くなれる。逆に、不安定だと外からの刺激に弱い。

不登校
不登校のお子さんは「認められていない」と言う。◯◯になったらどうしようという不安から、する前から失敗を恐れている。

・言えないと、行動に出る
小学生くらいになると想いを「言える」。もっと小さいお子さんは「言えない」。だから「行動に出る」。親の対応で一番ダメなのは、拒否、生まれて来なかったら良かったと思わせてしまうこと。親が思うようにはならない。兄弟姉妹の比較もダメ。小さい時にいい子にしていた子が後から大変になる例も多くある。

・安定と不安定
「◯◯すれば自分はやれる、大丈夫」と思えるのが、安定。受け入れられているとそう思える。不安定は、「どうせダメなんだ」と思うこと。受け入れられていないと不安定になる。

・恋愛
親に受け入れられて育った子は、好きな人といるだけでホコホコする。いるだけでOK。親に受け入れられなかった子は、気持ちを物で代行したり、態度で示したりする。

酒鬼薔薇聖斗の事件
事件当時はどうして中学生がこのようなことをしたか、周りの大人は分からなかった。小さい時に受け入れられていなかったのではないか?というイギリスの研究。

・人見知り
一歳過ぎ辺りからの人見知りは、親子の信頼関係が築けているからこそ、別の人が登場して人見知りをする。知的に遅れがある場合はこれが遅くなる。

・自分の存在価値
認められているかどうか。

・カウンセリングの基礎
教育は「指示、指導していい方向へと持って行く」。方向を予め教育する側が決めている。カウンセリングの基礎は「本人の気付き」。例えば、ポジティブではない時、周りの目が、自分を認めてくれていないと思っている。その事をカウンセリングを通して気付かせる。自分で分かって行く。カウンセリングは受容。気持ちを整理する作業。気持ちを分かっていく。

・ネガティヴの連鎖
親が子をネガティヴに捉える場合。その親もまた親からネガティヴに見られて育ってきた場合かある。そのことに自分で気付くことが大切。

自己実現
自尊心は自己実現。本来のあるべき自分になっていく。自分がどんな子供になりたいか。

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2回目の不登校を脱したSくんのこと、来年一年生になる弟Aくんのこと、パパのこと、自分自身のこと、整理しながら聞いていました。まるでカウンセリングを受けているような不思議なひとときでした……。

つづく。

第293話「創作と生きる力」【2017年6月】

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なぜ創るのか。今でもよく分かりませんが、確かに創っている時や、頭の中で創る計画をしている時、私はこの上なく幸せで、穏やかで、やる気満々です。特に計画段階が楽しいです。

だから、大して有名になれていなくても、職業としての収入が不安定で少なくても、いいのです。作品を創ってお金が頂けたら、ボーナスみたいな、プラスでありがとうの感覚です。

若い頃は、自己満足でいいのか?と悩んだり、もっと有名になりたいとか、たくさんお金が欲しいと思いました。

20代後半で結婚して子供ができて育児に専念してからは、育児を理由に、時間がない!と創れない自分でいいのか?とか、病気の悪化を理由に、創れない!とか、言い訳だらけでいいのか?と悩んでいました。

でも、時間がない中で、体調が悪い中ででも、頭の中で次の作品をずっと計画している間は幸せでした。

うまく説明できませんが、私にとって、これ以上の物は他から得られないんじゃないか?と思うのです。

買い物でストレスを発散したり、友達とお喋りを楽しんだりももちろん幸せなのですが。私が幼い頃から心配していたのは、何もできなくなった時に何を糧にして生きていたらいいのか、でした。それは日々のストレスを発散する事より重要でした。

術後に全く動けない時や、検査でずっと同じ形で何時間もいなければならない時、体調が悪い日々の中で、もう少しで自分が発狂するんじゃないかと恐れていました。が、いつも、想像して、頭の中で次に何を創るか考えて、凌いできました。

将来、目や手を失ったり、ずっと寝たきりになったりをどこかで想像して、全く身体が動かなくなって、意識だけ生きている状態になった時にも楽しめる何か、それが、私にとっては、創作について”考える事”だったのだと思います。

創作について考える、計画するという視点から見たら、病気の時間も育児の時間も無駄ではなく、経験やエピソードとして作品の中に込められていくので、今では、少し若い時の悩みが、何だったんだろう?という感じです。

結果に価値を置くのではなく、過程、しかも過程(実制作)の前段階に価値を置いているので、私以外の誰にも分からない、見えない、形かないものですが、それは、確実に私を救っていると思うのです。

言葉足らずで伝わりにくかったかもしれませんが、私の生きる糧についてお話でした……。

つづく。

第292話「散らかり放題の子供部屋の中で想うこと」【2017年6月】

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散らかり放題の子供部屋。かいじゅう兄弟はお片付けができません。パパは子供達の紙で作った作品をゴミ袋に集めてしまいました。全否定!泣き叫ぶかいじゅう兄弟。散らかり放題の部屋で、かいじゅう兄弟は何も困っていません。私とパパが、片付けをした状態にしたいだけで。だから、いつも、私が5日くらいかけて片付けて、2日で元に戻る(笑)。この繰り返しです。

パパは学歴重視の人です。私なんか比べ物にならない学力を持っていて、いい大学もでて、いい会社にいます。現在も次々資格試験を突破しています。だから…、学歴重視の視点から見たら、空き箱や紙で作ったものはゴミなんだろうと思います。物作りを職にしている私から見たら、昔の自分の姿に重ねたりして、楽しい気分になります。

でも…、そもそも、かいじゅう兄弟も私も、学歴の外側にいる人間なわけで。学歴で計ったら0以下。で、努力で学歴の内側に入れるわけではない。パパが思い描くような、いい大学に入って、好成績で出て、いい会社に入る…なんていう未来はこの子たちにはないよ…と内心思っています。

パパがかいじゅう兄弟の行動を全否定してるのを見ていると、私や、他の、社会の役に立たない障害者、全員、ゴミ袋の中に入れられたような気持ちになる事があります。パパのものさしからしたら、学歴を身につけられず、自立の可能性も低く、社会の荷物になる可能性のある人、みんな、ゴミみたいな感じになのかな?と。でも、それだと、相模原の犯人の考えに近くなる。

そう、なぜ、我が家にかいじゅう兄弟が生まれたか、突然、凄くよく分かる気がして来ました。彼らは、私やパパのものさしを壊す為に来たんではないか、と。

介護しなければならない老人は猛スピードで増える、医療技術の進歩でちょっと前なら死んでたはずの私のような赤ちゃんが障害を持って行きていく、晩婚化や草食や理由は様々だけれど子は産まれないから減っている、自閉症スペクトラムとLDは猛スピードで増えてる、ということは、介護するべき老人と、福祉でカバーすべき障害者は増えてるのではないか。

圧倒的に、老人ではない健常者の割が少なくて、支えて行かなきゃならない時代に、パパのように「老人は早く死ね」とか、障害児に対して「消えてくれ」では始まらないと思うのです。誰も、死なないし、消えない。死なないで欲しいし、消えないで欲しい。

災害時のボランティアも、介護も、福祉も、”やってやってる”では続かないし、経済面でも割には合わないから、もっと他のところに価値を見出さないといけないと思い始めています。

既存の価値観も、やり方も、決まりごとも、一旦壊していかなきゃな……。

散らかり放題の子供部屋の中で想うこと。話がだいぶ逸れましたが、かいじゅう兄弟のお世話、本当は、「してやってる」んじゃなくて、「させてもらって自分が成長させてもらってる」。よし!頑張ろうと思いました……。

つづく。