かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第527話「家庭内でのSST」【2018年2月】

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私にとって、スケジュールが連日あるという事とは……絶食日が増えるという事です。自分が食べない日でも家族のご飯は作る、私、お母さんだから。そんなある日の絶食日、テレビで食べ物特集が始まりました。私はしたくて絶食しているわけではないし…正直お腹は空いているし…見ないようにしていたら、普通通りに話しかけてくる三人。

Sくん:「ママはどれが食べたい?」
弟Aくん:「ぼくはこれー!明日作って!」
パパ:「なんで見ないんだよ!見ろよ!」

とりあえず話を合わせていたら本当に凄くお腹が空いてきて。でも絶食スケジュールを崩すわけには行かない。用事や行事や通院があるのに腹痛に襲われるわけにはいかないのです。

私:「知ってると思うけど、絶食日やからな……」
パパ:「俺、絶食した事ない!三食毎日食べてる!」
Sくん:「俺も!」
弟Aくん:「ぼくも!」

私:「あ……知ってるけど。私がご飯作って用意しているのだから。ほんまにお腹空いてキツイから、食べ物の話は、もう話しかけないでもらっていい?」
パパ:「食べたらいいやん。」
私:「食べたら、用事、行事、通院、行けなくなるやん。」
パパ:「全部、行かなきゃいいやん。」
私:「参観と作品展、行かないわけには行かないし、発表会や作品の展示も見に行かないと。」
Sくん:「絶対来てや!」
弟Aくん:「ぼくのも!絶対来てや!」
パパ:「んじゃ、行けばいいやん。」
私:「うん。だから、事前にスケジュール立てて、絶食して、投薬ストップして、行事に備えているわけやん。」
パパ:「食べて、行けばいいやん。」
私:「だから、私は持病があって、それができないって説明してるやん。」
パパ:「俺は病気じゃないから。食べれるし、行事自由に行ける。」
私:「う?うん。知ってるよ。だけど、平日の行事や用事や通院、会社休んで、代わってくれるわけじゃないやろ?」
パパ:「当たり前や。子供の行事の為に会社休む奴なんてどこにいる!?」
私:「いるとは思うよ、あなたの近くにいないだけで。……で、これなんの会話?私は絶食日はかなりキツイから、食べ物の話を振らないでって頼んでいるのだけど。」
パパ:「なんで、食べ物の話ふったらあかんの?」
私:「ええ?だから、こっちは絶食でキツイからやん。」
パパ:「絶食やめたらいいやん。行事、用事、通院、行かなきゃいいやん。」
私:「だから……。最悪、具合悪ければ行事は行かない、用事は日を変えるとして、通院は薬をもらわなきゃ足りなくなるし、予約の取り直しも期間が空くから大変な事なんだよ。」
パパ:「薬、飲まなきゃいいやん。」
私:「私の生命を維持するには薬は必要だよ?分からないの?」
パパ:「うーん……なんで無理して生きるのかと思ってる。」
私:「??……喧嘩売ってんの?」
パパ:「売ってない。生きるの無理して、なんでかなと感じてる。普通に生きたら楽なのに。」
私:「だからさ……持病が生まれつきあって、普通に生きるなんて選択肢はないんだよ?分からない?」
パパ:「分からない。」
私:「そっか……。もう話すのが無駄かな……と思うよ。ちなみに、私が薬をやめたりして死んだらさ、子供達2人いる生活、パパが回していくんだよ。普通のシングルファーザーとして。それは分かる?」
パパ:「それは困る。お前は死なない。だから死んだ先は考えない。」
私:「うん?そうなん。何を根拠に。もう…いいわ。」

やっぱり……人の気持ちを想像できないようです。私の病気については関心がないせいか、繰り返し説明しても入りません。あと、自分にデメリットがある部分は捉えられるようです。しかし、先の事を想像する事もできないようです……。

この会話の特徴は、Sくんにも、弟Aくんにもあります。改めて、みんな、発達障害なんだな……と思います。

彼らは、自閉症と言われて想像するような静かな感じや、扉が閉じている感じはありません。よく喋ります。しかし、コミュニケーションとしては成り立たず、会話が一方的だったりして、会話が閉じている感じがあります。

彼らとの会話に疲れたら、それぞれにゲーム機かタブレットを渡します。すると、個の世界に入って静かになります。静かで、まるで、家族といるのに、一人きりみたいな感覚になります。激しく会話をしていても、伝わらないので、凄く疲れるけれど、一人きりでいるみたいな感じがします。

私にも発達障害はありますが、記憶の問題の方で、どちらかと言えば学習障害寄りで、彼らといると、私のはコミュニケーションの困難の方ではなかったのだなと思います。

あと、コミュニケーションの困難は、本人が感じる場合と、感じない場合もあるなと思います。我が家の三人は自身はコミュニケーションの困難を感じていません。結果的に相手を不快にしたり、疲れさせたりしてしまっている事も分からないのです。

パパはもう仕方がないとして……。Sくんと弟Aくんには、あなたのコミュニケーションのやり方は他の人と違うという事を認識させて、マニュアル的でいいから、上手い受け答えを覚えさせてあげたいです。

一人ぼっちな気がして寂しい事もありますが、これは家庭内でのSSTなんだ、学びに繋がるんだ、と思って、気長に付き合っていこうと思います……。

つづく。

第526話「こんな種類の無理を選んで」【2018年2月】

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4年最後の参観日、私は体調が悪くなり途中で帰宅しました。投薬日だったので、予測内ではあったけど…。帰宅後から今朝までトイレとお友達。皆さんの睡眠時間×2倍くらいトイレにいると、皮膚感覚のない足の裏側やおしりが低温やけど、元々筋力が低い細い足がむくんで豚足のようになります。激しい腹痛と、吐き気も止まらず。ずっと吐く。こんなに下から上から、体内の水分が出て大丈夫なのかというレベル。どこが切れたか分からない鮮血も出続けて、トイレは流しても流しても真っ赤です。目眩に、動悸に、発熱。私は、こんな種類の無理をしながら、子供の行事に顔を出しています。

「行事に行かなきゃいい。」、「子供を産まなきゃいい。」、そんな言葉は聞き飽きました。私は自らこんな種類の無理を選んでいます。

だけど。最後の参観の後は次年度PTA役員選出の話し合い。私は免除だから関係ないのかもしれませんが、地域委員も学年委員も欠員が出そうな現状の中で、私だけが唯一免除になっていると、怒りの矛先はこちらへ。

「PTAしないなら、親子共に行事参加しないで。」そういう想いが溢れています。怒りを露わにする人、私と距離をおく人、色々です。でも。免除ズルイと恨んでも、怒っても、許さないと叫んでも、私がこれ以上無理できない事は変わらない。怒りの矛先、間違えてないか?と思います。

ここの校区のPTAは、数字から見て、破綻しています。伝統だというオリジナルの行事は絶対にやめられないという人、PTA連盟からの人員募集は断れないという人が多過ぎる。数字が破綻している現状、行事の削減、仕事の削減をしなければ、ますます怒りは深まります。校長先生も行事は絶対にやめないと言います。

なんで、こんなに、みんなが無理して、いがみ合わなきゃいけないのかな…。PTAの成り立ちや、真の目的を私は知りませんが、あるとしたら、親睦を深める為にあったんじゃないのか?と思います。

私がどんな種類の無理を選んで行事に顔を出しているか、みんな知りませんが、話した所で、もう向こうは受け取れるような心境じゃない。だから、病気の内容を話せば話す程、へー、死ねばいいじゃん、とか、死ぬまでPTAして、とか、笑い出したりとかに、なるわけです。

お互いに、お互いが、どうなってもいい、死んでもいいくらいの気持ちでいて、何が伝統の行事なんだ?と思います。とても滑稽で、もう、無視されたり睨まれたりにはなれましたが、また、そうやっている人達も、だいぶキツイ状況にあるんだと、私は理解しています……。

つづく。

第525話「もうすぐ4年が終わる」【2018年2月】

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今日はSくんの4年最後の参観日です。写真の販売や作品展もあるので、そちらを見てから、授業は10分だけ見て帰る予定です。

投薬の都合で、連日立て続けにある行事をこなそうと思ったら、参観を最後まで見るわけには行かないのです。投薬スケジュールを見せて、Sくんにも説明して納得してもらいました。(でも参観を見に行かないという選択肢は許してもらえず。ママが来ないなら学校行かない!と言い張りました。…そっか、了解。)

正直、階段を3階まで上がるだけで吐きそうです。

もちろん、懇談も出ていません。

そういえば、懇談は、Sくんが★★くん率いるグループから虐められていたと発覚して、私のPTAの方もゴタゴタに揉めてから、一回も参加していません。PTAの方も★★くんのママのグループから総攻撃とPTA会長から痛々しい攻撃を受けました。

それから、他の保護者、特に加害者側と顔を合わす事が嫌になりました。

時々、どのように立ち回ったらPTAは揉めずに、私の持病にも悪影響なく、このクラスの保護者と仲良く過ごせたのかな?と思いますが、いつも名案は浮かびません。

Sくんも、どうしたら虐められずに過ごせたか?とよく私に相談してくれますが、そちらも、話を聞く事と、回避策しか与えてあげられませんでした。

回避策は、加害者である★★くんの視界に入らない事。★★くんから3mは離れる事。回避できなかった、何かあった場合は、目撃者を確認しておく事。あとは、先生に早く知らせる事。このくらいしかありません。

★★くんからはよく「うっせー!死ね!」と言われるそうなので、もしかしたら、本当にSくんの声が大きい可能性も考えて、離れる事が第一と考えました。あとは、当たり屋のようにぶつかってきて「怪我した、責任とって、今すぐ金払え!」と言ってきたり、他の子とのやり取りに首を突っ込んで来て、★★くんが"Sが悪い!"と勘違いをしたまま騒ぎ立てるそうです。近くにいればずっと暴言を言われたりするそうなので、とにかく、離れろ!が私からの唯一のアドバイス…です。

私も、他の保護者から離れて、Sくんも★★くんから距離を取る。親子で何やってるんだろう…Sくんの小学校生活、私のママライフ、もう少しマシだと想像していたわ…と思いながら、あと2年。とりあえずこの小学校へ、Sくんは通い続けます……。

つづく。

第524話「弟Aくんの入学準備」【2018年2月】

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ほんとは週に1回外出したら後は自宅療養…のリズムだったはずが、連日の用事、通院で、バタバタしています。あと一カ月と少し経ったら、弟Aくんも小学生になります。この間は、半日入学(学校説明会)の後に、Aくんの発達障害について伝える為に面談してもらいました。

校長室でしばらく待っている時にふと目に飛び込んできた張り紙…。リスクマネジメント…組織として動け…一人で抱え込まない…何を言われても動じない…などなど、14項目も書かれていました。…なんだかなぁ。

以前にたまたま校長室近くを通った時に、誰かの保護者の方が怒鳴る声が廊下まで聞こえていた事が…私が知るだけで3回ありました。我が家以外でも色々トラブルに遭ったお子さんがいるんだな…と思いました。

今年度も育成まで含めて7クラスある学級のうち、2クラスの担任の先生が途中からいなくなりました。ここはそういう学校です。

Aくんのクラスは男子3、女子8の、合計11人でスタート…なんか寂しい感じです。少ない方が先生の目が行き届いていいよね?と言われますが、そんな事はないと思います。

Sくんは当時、保育園生活から小学校生活になって、座ってばかり、聞くばかり、勉強ばかり、宿題だらけの毎日にとてつもないストレスを抱えていました。弟Aくんも…既に、ひらがなや数字の練習に挫折しています。

前途多難だ…と思いながら、必要書類に記入して、必要な学用品に名前付けをして…、あとは担任運に任せるだけ…。行き先の小学校がどんな所か知っているだけに、楽しみでもなく、不安でもなく、ただ淡々と準備を進める毎日です……。

つづく。

第523話「手術の話」【2018年2月】

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脳神経外科脂肪腫除去の手術を保留にしたまま、今度は産婦人科の子宮脱の手術の話が持ち上がって来ました。京都でするか、専門の大阪でするのか、子供達はどうするのか。夏休みを利用して熊本のおじいちゃんおばあちゃんの家に遊びに行かせている間に済ませてしまうとか……色々考え始めました。

今まで、7回の手術はどれも私の母がいてくれましたが、今はいません。雲の上。生きていた頃はそれはもうパワフルで、定期を買って電車で毎日会いに来てくれました。弟Aくんの出産の為の長期入院の時は、父、母、妹が、Sくんを預かってくれていました。

〈手術歴〉
0歳、脊椎の手術。背中が開いたまま産まれたのでそれを閉じた。
9歳、脊椎の脂肪腫除去の手術。
12歳、右腕骨折の手術。ボルトを埋め込む。
13歳、右腕からボルトを出す手術。
16歳、脊椎の脂肪腫除去の手術。
27歳、三日間の陣痛の後、緊急帝王切開と、ついでに子宮筋腫除去の手術。
31歳、帝王切開。手術を開始してから部分麻酔が効かなくなり、へその緒が絡まり赤ちゃんが死にかけていたので、麻酔なしで手術を受けた。

子宮脱の手術は命に関わるようなものではありませんが、手術や入院する暇がない!というのが正直な感想で、するなら夏休み。しかし、痛みもなく、腫瘍とかではないので、どうするかな……と悩んでいます。とりあえずは、定期的に通っている近くの先生と、遠くの専門の先生、両方に相談してみようと思います。

あとは、昨日書いた通りの家族の状況なので、パパに説明するのが……一番至難の技かもしれません。なぜ手術が必要かの説明から、家族が手術、入院となった場合の家族の役割など。過去の手術ではパパはノータッチだったので……。(入院費用は私の貯金から。身の回りの世話は実家の家族がしてくれていました。)

私だけでポーンと入院して、サクッと手術して帰って来られたらいいのですが。家族がいたら、ご家族の方きてください!と言われるのが当たり前……。どうなることやら……という感じです……。

つづく。

第522話「一緒に暮らしていても」【2018年2月】

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「体調が悪い」と言うと、いつか回復して復活すると思われてしまうので、あえて、「持病が悪化してる」と表現します。

一年前に、主治医から「だいたい75歳くらいになっていると思って生活するように」と言われてショックを受けたけれど、この一年はそれを実感していました。

まず、薬が効かなくなってきてる。体力がなくなってきてる。お風呂がしんどい。寒気と暑気を繰り返す、基本ずっと寒い。布団に入るとどんどん身体が冷たくなる。吐き気がずっとある。味覚が変。夜たびたび起きる、よく眠れない。疲れやすい。物忘れがある。

こんな状態では家事や育児がうまくいかず。平日はヘルパーさんがいるけれど、休日は"パパがいるから"という理由で来ていない。私が完全にダウンしていると、パパが全部引き受けることになって、かなり機嫌が悪くなってしまいます。

ふと……どの辺のタイミングから、施設に入る段階になるのかな?と思ったり。在宅介護って、私をパパが介護するの……?ないない(笑)と思ったり。発達障害のあるかいじゅう兄弟がいて、たぶんアスペルガーのあるパパがいて、そのパパに、私の介護はできない。不可能だと感じています。

通院、行事、用事と、外出可能日に5つくらい詰め込んで動き回るので、パパが休日出勤をして代休を取れる所は協力してほしいのだけど、「代休は休む為に取るんだ!用事頼まれて休めないなら、代休は取らない!」と言うのです。ガーン。(説得して、なんとか代休に用事を代行してもらいました。)

PTAトラブルより何より、家族に病状が伝わっていないのが我が家の問題だと思う今日この頃です……。

つづく。

第521話「無駄な事?」【2018年2月】

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幼い頃から絵を描く事が大好きだった私。「将来も、絵を描いたり、物作ったりする分野で、身体がいくら悪くなろうとも、仕事をしていこう」と考えていました。母はそんな私に、「とにかく絵が描ける事なんて無駄。とにかく勉強!学歴が大事!たくさん勉強して、いい大学へ行って、いい企業に就職するか、固い職業に就きなさい!」と話していました。実際、みんなが就活を始める頃、私の身体はぼろぼろに悪くなって行き、いくつか受けた会社面接も、"その身体では無理です"とやんわりお断りされました。普通の就職の形は、そもそも私の身体には不可能でした。だから、在宅でデザインの仕事をしている今、これで良かったのです。私が絵を描く事が大好きだった事は無駄にはなりませんでした。もちろん、勉強も無駄にはなりませんでした。

Sくんの将来がどうなって行くか…はまだまだ未知数。このまま普通学級で行くのか、どこかから育成学級へ行くのか。普通学級で行くなら、必ず高校受験の際にある程度の学力が必要になりますが、そこに達し得なかった場合、どこへ行くのか…。中2辺りで見通しを付けて、育成学級へ移り、支援学校の高等部へ進学する道もあるでしょう。更に大学へ進学したい場合は大検を別に取る努力が必要にはなります。なぜなら、支援学校の高等部では高卒の資格がもらえないからです。これをパパに話すと…「支援学校の高等部へ行っても中卒になってしまうなら、行かせる意味がない、無駄だ」と言うのです。しかし、だからと言って、中卒ですぐに何が仕事に就ける保証もないし、本人もそれを希望していません。支援学校へ行って職業訓練を受けてから、卒業して、就職する方はたくさんいるでしょう。本当に何が無駄になるかは長く生きてみないと分からないものですが、勉強もその他の特技や訓練も、一切無駄にはならないと思うのです。

丁度、私が中学2年だった頃、進路について母とぶつかりました。母はいい大学への進学を想定して、内部進学する高校では特進クラスへ行って欲しいと願い、美術系の大学に進学するつもりだった私は勉強がそこまで必要ないので普通クラスに希望を出していました。あと、私は特進クラスへ行くほど勉強ができる子でもありませんでした。(当時は希望制だった。)激しい言い合いの末、母が「障害がある時点で将来の夢や希望なんかない。障害あって学歴もなかったら、どこも使ってくれないし、もう、全部無駄になるから高校へは行くな!」と言い出しました。

パパと私の母の考え方はよく似ています。子供が健常児であったら、勉強をたくさんやらせて、学歴を重視していいと思いますが、障害児の場合は違います。Sくんのように、そもそも学習障害があって勉学が思うように身に付かない場合もあるし、私のように外出制限や体の不調が常に出る状態では、通勤して夜遅くまで勤める事はできません。努力してなくてできないのではなくて、そもそも不可能なのです。不可能に挑むほど無駄な事はないのではないでしょうか。

個々の障害に合った頑張り方、生き方を見つける為の努力を続けていきたいと思います……。

つづく。