かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第680話「かいじゅう兄弟、旅に出る!」【2018年8月】

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突然。Sくんが熊本へ行きたい!と言い出しました。すると、すぐに飛行機の席をおさえてしまったパパ。一人ではいけない!と騒ぐSくん。俺も行きたいのにズルイ!と言い出す弟Aくん。私は体調が悪く、パパはお盆も仕事があります。で、結局。かいじゅう兄弟は二人だけで飛行機に乗って熊本へ行く事になりました。


その他の交通機関と違い、飛行機なら、セキュリティー上、二人が迷子になる事はありません。伊丹の搭乗口ギリギリまで付き添い、CAさんに二人を引き渡し、熊本で、熊本の家族が迎えに来て引き渡しされます。通常のお子様ひとり旅のサポートに加えて、療育手帳Bの五年生と精神手帳3級の一年生だという申し送りもしました。


というわけで。4泊5日、かいじゅう兄弟は旅に出ていました。パパも行ったら良かったのに、お盆休みの途中に仕事が入り。家にいたのは、私、パパ、猫。……心配はしましたが、かいじゅう兄弟は元気に楽しんで帰って来ました。私の方が子離れできてないなと感じた日々でした……。


つづく。

第679話「ミルクティー」【2018年8月】

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少しの時間、小児精神科の病院の先生から話を聞いている間に、待合室でかいじゅう兄弟が喧嘩をしたようで。私が扉を開いたら、二人が、飲むために買ってあげたミルクティーを、お互いにかけ合っていました。合皮のソファーがベタベタ。ティッシュですべて拭いて、濡れタオルで拭いて、またティッシュで乾拭きしました。弟Aくんは要領が良いので手伝っていましたが。Sくんは床に転がっていました。そんな様子を周りの、また、同じ傾向の症状があるお子さん達が見ていて、飲み物をまくのを真似したい衝動にかられたり、帰るタイミングだっのに二人が怒られている様子をもっと見たいと言い出すお子さんもいて。今、私がどのような態度、しつけ、を、する事が正しいのかなと考えさせられました。とりあえず最初は片付けだろうと思い、せっせと、二次被害が出ないように拭いていましたが……。


Sくん:「喉、乾いた、ジュース買って。」

私:「まいてしまったんだから、買わないよ。」

Sくん:「熱中症なったらどーするんですかー?酷い親やな!」


弟Aくん:「買ってもらえるわけないやろ。俺は飲む分残しておいたー!(笑)」


おいおい……。


一通り、しつけとしての注意をして。本当に分かっているのか再確認したら鬱陶しかったのか……Sくんが手がかゆいと暴れ出し……


Sくん:「手がかゆい!手がかゆい!だから、包丁で腕を切り落として!!!」


そう来たか……。


周りの目を、私が困ることを、Sくんは分かってやっている部分と、本当に思考が短絡的で、かゆいから腕ごと切り落としたらいいと本気で思っている部分と、あるんだと感じました。


ふと、電車の中で泣いている赤ちゃんを黙らせる為に、いきなり赤ちゃんの首を絞めた犯人がいたことを思い出しました。


Sくんがそうはならないために、小児精神科の病院へ来ているわけですが……。不安がよぎりました……。


つづく。

第678話「人の大切なものを捨てる人」【2018年8月】

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「旦那のガンプラなんか、会社行ってる間に全部捨ててやった!」

「旦那の昔の服、捨ててやった!」

「芸術やってる人……過去の作品保管してるのって意味なくない?」

「そこのガラクタ(子供の工作)捨てておいたよ。」

ひぃぃぃ……恐ろしい。私が子供時代に遊んでいたおもちゃもたぶん親が親のタイミングで捨てたのでしょう。ある日いきなりなくなりました。


「部屋がスッキリ片付く方がいいに決まってる!」

……そう、そうだけど、そうだけど、捨てる前に持ち主に確認して欲しいと思うのです。


「だって確認したら捨てないでしょ?片付かないから代わりに捨ててあげたんだよ」。

えー……。


ちなみに、私は片付けが下手です。物もとっておきたいタイプ。綺麗にシンプルに片付けられてしまうと…体調を崩します(笑)。おそらく、かいじゅう兄弟も私と同じで……。


パパ一人だけがシンプルにしたいタイプ。


写真を印刷してアルバムを作っている事にも反対だし、子供達の作品を取ってあるのも許せない……!という感じです。服も2、3枚あればいいと言うので困ってしまいます。


やっぱ、いつかは別々に暮らすようになるんじゃないかなと思います……。


つづく。

第677話「"よく怒らないよね"と言われること」【2018年8月】

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「こんなに暴れているのに、よく怒らないよね」とか、「私なら叩いてしまうわ」とか。かいじゅう兄弟の暴れる様に、冷静と言うか、感情スイッチが壊れてしまっている私の反応を見て、友達が口々に言います。


パパ:「それって、うるさいから外出すな、って意味じゃないの?しつけがなってないって遠回しに言われてるんじゃないの?よく平気やな。」


え?……あ。うん、そうだよね。と、思います。確かに。ただ、暴れたかいじゅう兄弟を怒って収まる事はないし、叩いたらもっと激化する。周りに危険が及ばない程度に、周りから離して、頃合いを見計らって、静かに声かけするしかない。みんながしつけと言ってやってるようなやり方では、収集がつかないのです。


ちなみにパパは、家の中と同じように怒鳴り、蹴り飛ばすので、知らない人に写メを撮られてしまった事もあります。


ヘルパーさんは仕事なので、ほぼ私と同じような対応で。静かに周りから離して、落ち着いてきたら誘導です。


かいじゅう兄弟が苦手な場所は最初から連れては行きませんが。外に出さない……という選択肢は。なんか、それを突き詰めたら、介護者の方がおかしくなって、拘束したり、檻に閉じ込めたり……に発展しそうでこわいです。


たぶん、友達は、うるさいから外出すなとか、しつけがなってないとか言ってるわけじゃなくて。たぶん、健常のお子さんを育てている友達にしてみれば、かいじゅう兄弟の暴れるレベルはかなり高く、怒るレベルを超えているんだと思います。私はこれが毎日で、家の中はもっと悲惨な事になっているので。いつも通り、待ってから対応です。とりあえず、びっくりはしているかなと思っています。


かいじゅう兄弟と外出して恥ずかしいとか、腹立たしいとか、そういう感じは私の方には無くて。次に繋げるには、どう手を打って、対策組んだらいいかな?と。


パパ:「え。また、子供達連れて外出るん?お前、びっくりやな。」

私:「だって。パパは連れて行かないやろ?」

パパ:「俺は嫌だ。あんな奴らと一緒に歩きたくないし。まず、子供と遊びたくない。」

私:「うん、知ってる。だから、遊んでやってって言ってないやん。車だけは運転して、行き先に連れてって欲しい。」


そういえば、基本、パパは家族で遊びに出た時に、行き先で別行動になります。言い換えれば、運転手です。だから、家族四人で出かける時は、私に3人をコントロールするパワーがあるか、が、重要なポイントになります。


周りにどう見えているか…不明ですが、怒っても仕方がないんだ、これが私の結論です……。


つづく。

第676話「帰る実家が無いこと」【2018年8月】

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突然。帰る実家が無いことに気付いて、「ああ、だからしんどいのか」と分かりました。


京都のお寺の本山の中にある借家、それが私の想い出いっぱいの実家でした。最後にその家の玄関を出たのは、7年前。10ヶ月の里帰り出産を経て、当時暮らしていた熊本の自宅へ帰る時でした。おばあちゃんが玄関の椅子に腰掛けながら、「またおいで」と言いました。靴を履きながら、『なんかもう帰って来ない気がする』と思って、家を振り返りました。一年後。父が退職して和歌山の自坊に帰ることになりました(私はその間ずっと熊本で、風邪→肺炎→肋骨骨折で、寝たきりでした)。それから両親が和歌山に引っ越してすぐに母に膵臓癌が見つかり、母は京都で治療に専念する事になりました。二年半後、母は亡くなりました。2018年6月18日に起きた大阪北部地震の影響で、実家だった借家は取り壊しが決まりました。今は立ち入り禁止になっています。


私は、まだ元気で、子供がSくんだけだった時、よく京都へ里帰りしていました。帰る実家があった時は本当に良かった。少しくらい辛いことがあっても、次に里帰りするのを楽しみに生きていました。


取り壊しが決まった元実家を見て、複雑な心境になりました……。


つづく。

第675話「肋間神経痛×肋骨骨折……か?」【2018年8月】

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以前、薬が飲めない妊娠中にかかった風邪が出産後も治らず、そのまま肺炎になり、長く続いた咳で、肋骨を骨折した事がありました。しかも、咳止めを飲んで酷い便秘にもなりました。踏んだり蹴ったりでした。


最近、また咳が止まらず。外で咳き込んだまま、両脇腹に激痛が走りました。あ、また来た。それは経験した事のある痛みでした。筋肉痛のような痛み、とりあえず咳を止めないと。飲み物を飲んで、しばらくしてから咳は収まりましたが、加えて胸に肋間神経痛の激痛が来ました。


周りに人はたくさんいましたが、不思議なくらい、ほっとかれて、壁に寄りかかっていました。誰か助けてー……では誰も助けてくれない。バターンと倒れたとしても、誰も救急車を呼んでくれないかもしれない、もしかしたら、面白がって写メとか撮られるかもしれない……。


不安になりました。


ヘルパーさんの移動支援も依頼できるはずですが、既にかなりの人手不足なので。


ママが倒れたら、かけなさい。弟Aくんに、キッズ携帯で救急車を呼ぶ方法を教えました。弟Aくんは力持ちで荷物もたくさん持ってくれます。れっきとした介護者です。


あちこち悪い。どんどん無理ができない身体になってきました……。


つづく。

第674話「Sくんの肋間神経痛」【2018年8月】

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胸に激痛が走り、のたうち回るSくん。しばらく横になっていたら収まります。なので、救急車を呼んだりはせずに様子を見て来ました。


小児科で。調べてもらったら、「特に異常がないから肋間神経痛だろう。」という診断になりました。「心意的な理由が強い。」と先生、私もそう思いました。


Sくんは10歳です。


ちょうど私も10歳の時に最初の痛みに遭遇しました。


その昔……体育館の裏で、たまたまクラスの女の子達がお菓子を食べているのを目撃してしまいました。見て見ぬ振りをするつもりで、先生にチクるつもりも無く。その場を去ろうとしたら二人に捕まえられ、胸ぐらを捕まれ、口にお菓子を詰め込まれて、「お前もこれで同罪だからな!分かったか?」と、首を揺さぶり、絞められながら言われた、その瞬間。


ズキー……ン。

ズキー……ン。

ズキー……ン。


ナイフで刺したような重い痛みが胸に走りました。


止まらず。痛くて、胸をおさえて、倒れました。「死んだふりか!病気のふりしやがって!ほんまに死ねや!バーカ!」女の子達はそう言っていました。私は靴と靴の裏しか見えなくて、しばらく倒れていました。誰も来なくて。20分くらい倒れたままでいたら、収まりました。


これが私の最初の肋間神経痛でした。


自宅に帰ってからも母に言えず。ある日、家で同じように痛みが走った時に母に伝えましたが、「なに?嘘ついて。痛い演技やろ。」と言われてしまいました。また、倒れたままの私。


それから。ずっと痛いまま。痛い時は横になったり、道に倒れたままでいたり。19歳になった時、夜中に本当に死ぬかもという痛みが来た時は、自分で救急車を呼んで、京大で診てもらったら、「特に異常がないから肋間神経痛だろう。」という診断でした。


誰もこの痛みを分かってはくれない。


この経験から、自分の子供が痛みを訴えた時は絶対に"嘘やろ!"と言わない、思わないと思って生きていました。もしも気持ち的な、何か気を引きたい嘘である場合があったら、それはそれで気持ちが済むならいいし、病気でない、本当は痛くないなら、それでいいと思っていました。


あと、肋間神経痛が出ると言う事は、何らかの重いストレスがかかっているという事だと、分かります。


Sくんを診てくれた先生:「Sくんのお母さんも肋間神経痛があるなら、良かった。分かってもらえて。よく仮病だと思われやすいので。ぼくも肋間神経痛あるんですよ。今でも痛みます。ほんとに痛いですよね~。」


なんだか。時空を超えて。10歳の時に体育館の裏に倒れたまま痛みと孤独に震えていた私の経験が、役に立って、良かったです……。


つづく。