かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第493話「弟Aくんのお薬の効果」【2018年1月】

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弟Aくんが飲み始めたインチュニブの効果が見えてきました。冊子には二週間後から実感があるというように書かれていましたが、Aくん本人も周りの大人も変化を感じています。

●保育園の先生:「変化は特にないです。Aくんはいつも通りずっといい子ですよ。」
→Aくん本人曰く、「保育園では周りが幼稚すぎて、物を取られたり、遊びのルールが守られずイラつくけれど、薬を飲み始めてから自分の中のイラつきがなくなった。」。先生がかなり厳しい&コワイので、Aくんが感情を外に出す事はなく、先生の目から見たら変化はない様子。

●パパ:「変化は感じられない。Aは、いつも通りいい子。」
→保育園と同じで、パパも厳しい&コワイので、Aくんが感情を出す事はない。

●ヘルパーさん:「話し方がゆっくりになった。行動が少しゆっくりになった。」
ADHDらしい忙しさを持ち合わせていたAくんですが、薬を飲み始めてから、衝動性が抑えられ、1つの行動のターンが長くなりました。

●私:「兄弟喧嘩の時、今までは1日3回は発狂していたが、2日に1回くらいになった。ベストではないけど、ベターな感じ。喋り方が優しい。移動がスムーズ。長時間、黙って待てる。座っていられる。」
→全体的にいい効果を感じますが、Aくんが我慢する回数が増えると、Sくんの暴言が増えている……そんな感じがします。バランスが難しい。

訪問看護OTの先生:「変化は特にありませんでした。いつも通り、保育園での嫌な事などを話してくれました。」
→信頼関係のあるOTの先生には色々話しているようです。いい意味で、自分を見せられているので、薬による変化は感じられないのだなと思います。

●療育の先生:「暴言がなかった。勝ちたいという気持ちがなく、お友達に譲っていた。元気がない印象だった。」
→長年通って信頼関係のある療育の先生には、暴れる姿を見せていたAくん。それが出なかったようで、逆に心配されました。

一週間でここまで変わってきたのは、Aくんが「これを飲んだら絶対に効く!イライラしなくなる!」と強く信じているからかな?と思いました。プラセボ効果です。

Sくんとのバランスが気になる所ですが、いい変化はあるようです。薬を再開した機会だったので、周りに聞いてまとめてみましたが、外(保育園や学校)では、薬を飲んでも飲まなくても、我慢してコントロールしているだなと分かりました。つまりそんなストレスも自宅へ持ち帰っているというわけです。外では我慢、帰ってからもまた、ストレスを持ち帰っているSくんと喧嘩。Aくんの辛さがひしひしと伝わってきます……。

兄弟それぞれを分けるクールダウンスペースの確保、考えていかなければなりません……。

つづく。

第492話「予言」【2018年1月】

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昨日からの続きです。熊本から脱出しても、パパのアスペルガーがマシになるわけではありません。二人いる発達障害児の育児について、PTAについて、繰り返し話し合いました。京都へ来て鬱はだいぶ良くなりましたが、時々、我慢が限界で発狂する事もありました。

熊本にいた頃Sくんが通っていた発達障害専門のクリニックの先生は、繰り返し、私に、「一刻も早く、その旦那さん離れなさい。」と言いました。別居、もしくは離婚です。

頼る家族がおらず、重度の障害があり、まともに働けない私が、発達障害のある二人の子を養う事はできないと思いました。しかも、当時、熊本のシングルマザーを助ける施設と、仕事を紹介する部署に、パパが担当で関わっていました。逃げるように家を出てもすぐに見つかってしまいます。

「現状は、あなたの為にも、お子さんの為にも、ならない。」
「旦那さんの発達障害は治らない。」
「苦しみは一生続く。」

先生の予言通りでした。予言を受け止めて、今があります。ASDADHD・LD併発のSくんと、アスペルガーのパパがぶつかり合う。ADHDASD併発の弟AくんがSくんとぶつかり合う。記憶に問題がある発達障害傾向の私と、アスペルガーのパパの噛み合わない会話が続く、この世界。私がこの未来を選択しました。

ここから先、まだまだたくさんの選択肢がやって来ます。難解なトラブルや、予想外の出来事もあるでしょう。(……ネタはつきません。)

選んだからには、鬱やカサンドラにならない程度に、3人に付き合おうと思っています。ブログを書く理由は、息抜きと、頭の中の整理です。私は、文字にしてストーリーとして受け止めたら、感情が抜けていくようです……。

つづく。

第491話「気付きから熊本脱出まで」【2018年1月】

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よく、「なんであんな人と結婚したん?」と聞かれます。それー!私も知りたい。でも最初はなかったんです、たぶん、普通を演じていたのだと思います。

"あれ?"っと最初に違和感を感じたのは、Sくんを妊娠して5ヶ月くらいの時。子宮筋腫と切迫流産で激痛と出血が止まらず、夜、救急に来た時のことでした。歩く事もままならず、車椅子で院内を移動して、診察後は自宅で絶対安静と言われました。帰り、緊急専用の出入り口で、パパが車を横付けしていた所へ、車椅子で押してもらいながら来て、ゆっくり立ち上がり、そろり、そろりと歩いていたら……

パパ:「おい!周り見ろよ!渋滞してんの見えんのか!走れ!」

と叫ばれました。緊急専用出入り口には確かに何台か、帰りの車が並んでいました。

『……え?走ったら赤ちゃん流れるよ?走る元気なんか私には残されていないよ?何の為に緊急来たんさ?バカなの?』

と思いましたが、顔を上げる事さえ辛く、ふらふらでした。すると守衛さんがやって走って来て、赤い誘導灯をブンブン振り回しながら言いました。

守衛さん:「お前!バカか!ここは苦しんでる人が来る所や!誰も、急げとも、走れとも思ってない!お前が周り、よく見ろや!奥さん、誰の子供妊娠してると思ってるんや!いい加減にせーよ!バカヤロー!」

守衛さん、よくぞ言ってくれました!ありがとうございます……。

これが最初の"あれ?"でした。パパは人前で怒鳴られましたが、翌日、自分が怒鳴られた理由が分からないと話していました。そして今は、その出来事を覚えていないそうです。

後に、パートナーがアスペルガーの場合に読む本を読んで、最初の"あれ?"が来るのは、パートナーが子供を妊娠して堕ろせなくなった頃だと書いてあって、はっとしました。

本を読んだのは、4年後に弟Aくんが産まれた後、5歳になったSくんが発達障害と分かった後、京都へ引っ越して通院を始めてから……です。最初の"あれ?"から8年経っていました。その間は、私は、アスペルガーのある人のパートナーが発症するカサンドラ症候群になっていました。

見知らぬ土地の熊本で、友達はなし。しかも自宅があった場所はど田舎。一番近いスーパーは徒歩45分、小学校は徒歩120分。バスは1時間に1本。障害が重い為に私は運転免許もなく、パパの親族に都合を聞いて通院の送り迎えをしてもらっていました。2回の出産で体調は悪く、弟Aくんを産んだ後は、風邪→肺炎→咳のし過ぎで肋骨骨折→咳止めの薬の副作用で2週間便秘→そして半年後にやっと肋骨が治る、という流れも経験しました。弟Aくんは歩き始めていました。

鳥籠の中のような生活で、唯一の家族であったはずのパパとは、意思疎通がとれない、会話がいつも上手くいかない、大概怒鳴られたり、キレられたりして、「悪いのはいつもお前だ!お前は能力の低い人間だ!お前なんか死んだらいい!」と繰り返し言われました。

しかし、私は、そういう事を言われるのに慣れていました。どこかで私は、私は必要なく、レベルの低い、生きているだけで迷惑のかかる、死んでいい存在だと思っているのです……。

母と上手くいかなかった子供時代、担任からの虐め、様々な嫌がらせを経験して大人になったせいで、"ああ、また言われてる"くらいにしか受け止めませんでしたが、熊本のど田舎の環境と、友達がいない世界にいて、鬱になりました。

最後にはパパが外で遊んで帰らない時期に突入し、Sくんの保育園のPTAでは病気でもPTAしろ!病気理由で保育園利用するな!と吊るし上げにあい、鬱はどんどん酷くなって、熊本から脱出するに至りました。

生まれ育った京都へ、その頃、母は膵臓癌の末期でした。家族に頼る事はできないけれど、京都の交通の便の良さなら自分で病院へ行ける、自由に買い物に行ける、気軽に友達に会える、福祉が行き届いている、だから、様々な苦痛は、京都へ帰る道しるべだったんだと思いました。だいぶ、茨の道ではありましたが……。

これで、京都へ帰れる!わーい!

くらいの感覚になっていました。何もいい事はないのに、その時、凄くいい事が起こったように感じていました……。

つづく。

第490話「ありがとうが言えない」【2018年1月】

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昨日に引き続きアスペルガーあるあるです。よその傾向があるパパさんのお話を聞く機会もあるのですが、ほんとに、同一人物か!というくらい、この不思議な会話の行き違い、想いの行き違いがあって、話して、共感して、救われる事があります。

さて。今日は、ありがとうが言えない事について。以前にも書いた事がありますが、我が家のパパはありがとうが言えません。出会ってから数十年経ちますが、ありがとうを聞いた事がありません。

ラインで、◯◯注文しといたよ→さんきゅ、的なやり取りはありますが、大概、自分でできるはずの所用は自分でやらずに私に任せて、完璧に完了したら平常運転、少しでも不備があれば、こんな簡単な作業もできないのか!とブチ切れです。

私も家事を分担してもらっている手前、所用くらいはやるつもりでいますが、不備→ブチ切れがしんどい。なら、優秀なあなたが自分でやってくださいよと思うのです。

先日も、ICカードがないぞ!と外から電話。それは、家の中を探せという意味なのか、外で紛失したから停止せよという意味なのか聞いたら、両方だと。家の中を10分探してなかったら私の家族カードから連絡して、停止の手続きをするという事で合意、後から、停止完了と再発行料がかかる事、再発行まで二週間かかる事を伝えたら……不機嫌に。

パパ:「ICカードがなかったら出先でいちいち切符を買わなきゃならないじゃないか!」
私:「うん……。ICカードって便利だよね。」
パパ:「俺は二週間どうしたらいいんだよ。」
私:「切符買うしかないねぇ。」
パパ:「俺は仕事で電車乗るんだぞ!」
私:「う、うん……。でも、切符買わないと電車乗れないよね?」
パパ:「早く再発行してもらうように、電話する!」
私:「いや……無理やろ……。あ!私の家族カード使っておいたら?別に女性の名前でも改札は通れるはず。」
パパ:「早く思い付けよ。」
私:「はぁ〜?ICカード紛失したのパパだよね?手続きしたの私だよね?家族カード貸すの、私だよね?その間、私は不便だよね?それについて……(ありがとう言うなら今です!)何か言葉はないの?」
パパ:「ない。」
おいっ!

結局、私のICカードを貸しましたが……話には続きがあって。二週間後に返されたICカードを私が利用した所……改札でバーン!残金0になっていました。いつも2000円チャージしてるんですが……。借りたら返す時、チャージして返すもんじゃないのかーい!

一応本人には伝えましたが、2000円返って来ませんでした。……私が甘いのだと思います。でも、話をした所で通じない事がほとんど。2000円返して、めちゃくちゃ不機嫌になるか、交渉決裂するか。

今までどうやって生きてきたのか。
今、会社で、どうやって生きているのか。
不明です。

アスペルガーあるあるでした……。

つづく。

第489話「アスペルガーあるある」【2018年1月】

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久しぶりに想定外の会話が。我が家のパパは昔で言うところのアスペルガーの傾向があります。

パパ:「今日の新幹線情報は?」(←月2、3回東京出張へ行く)

私:「大丈夫。運行しているよ。昨日は岡山あたりで止まってたみたいだけど。今日じゃなくて良かったね。」

パパ:「は……?何が良かったのか分からん。」

私:「え?だから、もしも今日、岡山で新幹線止まってたら困るよね、って話なんだけど。」

パパ:「は?まったく分からん。説明して。」

私:「え??たまたま乗る予定が博多から東京まで行くのぞみだったら、影響受けるよね?たまたま新大阪から東京までの東海道新幹線なら影響少ないかもしれないけど、ホームはそれぞれの向きに1本ずつしかないし、ダイヤが乱れて影響受けるよね?」

パパ:「ん?予定の新幹線が来なければ他に変えるだけで、大した問題じゃないけど。俺がパニックになるとでも?もしくは、振替ができない能力の低い人間だとでも?」

私:「え?そんな事、言ってないけど。」

パパ:「は?」

私:「え?」

パパ:「この会話の意味が分からん。バカにされてる気がする。」

私:「や。私も分からないわ。バカにしてるつもりは全くない。ってか、なんで、いつも東京出張行く時に、私に、新幹線のダイヤの乱れについて聞くの?自分で調べるか、アプリを入れたらいいんじゃないの?ダイヤが乱れてパニックになる人や振替うまいことできない人を私は能力の低い人間だと思わないし、慌てるのは当たり前だから、事前に色々調べる物かと思っていた。大した事でなくて、慌てないなら、自分でやったらいいんじゃない?したら、この会話もしなくて済むよ。」

パパ:「お前がしたらいいやん。お前にできる事、なんで俺がせなあかんの?」

私:「えっとー……出張行くの、誰だっけ?」

パパ:「俺。」

からしんどい会話でした。昨日の情報とか、余計な事言わなきゃ良かったー。聞かれた事にだけ答えておけば良かったです。あと、パパが自分の出張の自分が乗る新幹線について、自分で調べてくれたら、尚、良いです……。

つづく。

第488話「しこり」【2018年1月】

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夢を見ました。その夢は、しばらく見ていませんでしたが、昔は繰り返し見ていた夢で、現実に、小2の三者懇談であった出来事です。

母と私と、向かい側に担任。2-2の教室。クラス内での小さな虐めを、担任が率いて大きな虐めに仕上げた後の、最後の三者懇談でした。

担任は一貫して、「病気のあなたが悪いのよ。虐められて当たり前。虐められたくなかったら、みんなと同じにやればいい。あなたが悪いのよ。あなたさえいなかったら、このクラスに虐めはなかった。みんなは一人のために、一人はみんなのために。これがこのクラスの学級目標で、乱したのはあなた。だから、みんなの為に一人班(※)にしたのよ。あなたがいれば、クラスはまとまるのよ。乱したらどうなるか、逆らったらどうなるか、みんな、あなたを見て、そうならないように気をつけるようになる。」

(※机を後ろにやられて、一人班の人とは誰も口をきいてはならない。無視するルールだった。一人班をいないものとして生活するように説明されていた。)

私は頭の中で、江戸時代のえた・ひにんや、アウシュビッツに送られたユダヤ人や障害者の事を思っていました。

母は何も言えなくなっていました。

担任は続けました。「お母さん、あなたのお子さんは反抗的で、どうしようもない子です。救いようがない、将来は必ず犯罪者になります。」

ここで、必ず、目が覚めます。

実際は続きがあって。私はこの後、担任に言います。「私は犯罪者にはなりません。学校の先生になりたいです。」すると、担任は私に、「◯◯先生のような先生になりたいです、と、言いなさい。」と強要しました。私は小さな声で、「◯◯先生のような先生になりたいです」と言いました。

父は僧侶でした。私が通っていた私立は仏教系でした。論文を書くことで、担任の事を批判しました。それで処分されて、翌年度、その担任は担任から外され、図書室の先生になりました。

それだけでした。

後にその先生は担任に戻り、定年退職するまで学校にいました。

私は普通の子ではなかったと自覚があります。自閉傾向があったように思うし、でも口が達者で、先生に対して意見もしていたし、言葉もきつかった。友達はいましたが、それは、その友達が大変優しくて、私の態度を許してくれていたからです。私の周りにいた子達はみんな優しい子でした。

私を虐めていた子は、私がみんなとは違う先生用のトイレを使う事を責めたり、体育ができない事を笑ったり、トイレの様子を覗いたり、靴を隠したり捨てたり、傘を折ったり、ノートを真っ黒に塗りつぶしたり、ランドセルを焼却炉へ捨てたり、貼ってある絵を破いたりしました。しかし、担任がその子を注意する事はありませんでした。

その環境にいた一年間は、悪いのは私か?私はこんなになって当然なのか?私は日本人というよりはユダヤ人に近いのか?などと幼い脳で一生懸命に考えていました。相手が圧倒的に間違っているんだと今は分かるのに、その環境にいた時は分かりませんでした。分からないと思う事でしか生きられなかったのかもしれません。

いつまで経ってもしこりはなくなりません。物忘れが酷いのに、忘れたい記憶は忘れず残ってしまって。繰り返し、夢の形で登場するのでした……。

つづく。

第487話「兄弟喧嘩」【2018年1月】

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少し落ち着いて来ていたはずの……かいじゅう兄弟の兄弟喧嘩が……再熱。修復不可能で、「二人を、なるべく、離す事しかない」というアドバイスが、各所から。え?どうやって?

パパは仕事でおらず、保護者は病気の私一人。よくある構図は、私がトイレや寝室で苦しんでいて、かいじゅう兄弟がリビングで……二人でいて……喧嘩勃発!

思い込みや些細な取り合い→言い合い→Sくんが執拗に弟Aくんをあおる→弟Aくんが泣き出す→更にSくんが執拗に弟Aくんをあおる、暴言→弟Aくんは我慢限界で物に当たり、破壊する。

これがよくあるパターンです。最近では私がいてもSくんの煽りが止まらず、弟Aくんは薬を飲んでも我慢が限界……。

二人を離すのがベストですが、どちらかの子が私と別居?家族を2に分ける?もしくは、どちらかの子を田舎へやる?しかし、田舎も老老介護の真っ最中で障害児のお世話なんかできる状態にありません……。

Sくんは、相手の体調や表情を一切読めません。パターンとして、やってはいけない事を学校ではしないだけで、相手の気持ちを察して行動したり、言葉を選んだりはできないのです。

親は責任がありますから、当たるなら、私に当たってくれと思うのですが、Sくんのターゲットは弟Aくん。少し前はパパでしたが、それが、弟Aくんへ移ってしまったような印象です。

兄弟だからって、たくさん我慢をさせる事も可哀想な事で、弟Aくんは、パパやママが死んだらどうなるの?と将来の事も心配している様子でした。同じ学区の小学校へ行くのも嫌なんだそうです。

どうしてやるべきか……。どれが可能な選択肢なのか。我が家は、何か難しいパズルのような状態がずっと続いています……。

つづく。