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かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第252話「Sくんがいたから、弟Aくんはこんなに落ち着いた」【2017年4月】

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弟Aくんが年長になりました。ふと思い返せば、当時、このタイミングで、K式を受けて、Sくんに「何らかの発達障害がある診断」が出ました。

そこから療育の待ち時間があり、熊本の療育に5ヶ月と京都の療育に3ヶ月通って、年長の一年間が終わりました。保育園は行きたがらず休み休みでした。

私の方は発達障害の子供の親初心者で、何がなんだか分からず、本を読み漁り、それでも、熊本の医師や療育の先生からは「(対応の仕方が)全然ダメだ」と言われ続けて凹む毎日でした。

そこから四年、Aくんにも傾向があるのではないか?と心配になり、繰り返し相談へ行きました。京都へ来てから3歳半健診にひっかかり、児相やクリニック、療育にも早く行けるようになって、作業療法も受けて……今があります。

最初は猛獣のように叫び続けて、釣り上げたマグロのようにのたうち回って泣き叫び、家電や家具や家を壊し続けるAくんでしたが、今は、大変落ち着いて、自分の感情や衝動をコントロールできる所まで来ています。お薬も飲んでいません。

Aくん:「Sみたいな、こんなお兄ちゃん、いらんかったわ!俺がお兄ちゃんに生まれたかったわ!」

と、たまに喧嘩すると毒を吐いていますが、Sくんの発達障害の発見から今に至り、そのおかげで早めにAくんに対処できた背景があるんだよ……と私は感じています。

いつか、Aくんが大きくなって、自分の障害特性について知る時、Sくんのことも話してやりたいと思いました……。

つづく。

第251話「ママは忘れん坊」【2017年4月】

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弟Aくん:「ママ、今日の保育園リュックに、お手拭きタオルが4枚も入ってたよ!」

あらぁ…。ほんとは2枚でいいんです。…2枚入れた事を忘れてまた2枚入れてしまったようです。

疲れているのか…年なのか。最近ますます忘れっぽい私です。もともと、人の顔は覚えられず(表情は読める)、漢字と数字は短い時間で消えて無くなるので、なんでもメモに取らなくてはなりません。

昔昔の印象的な出来事は、会話や服装、風景までしっかり覚えているのに、短期記憶が極端に弱いのです。道端で、ばったり会った誰かは、誰だか分かりません。漢字はこっそりアプリで調べて、数字は頭の中で動き回る感じで、よく混乱しています。

今日が何日で、何曜日なのか、ヘルパーさんは何時に来るのか、予定を何度も確認します。気をつけていても冷蔵庫の在庫がかぶったり。保育園や学校へ、何をいくつ準備したらいいのか、口頭で言われて直後すぐに忘れてしまったり。記憶の組み立てがみんなと少し違うようです。

でも、なんとか自分の記憶の穴をフォローしている、そんな毎日です……。

つづく。

第250話「春休みの後からの不安」【2017年3月】

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Sくんは小学校の離任式へ、弟Aくんは保育園の春休みが始まりました。育成学級の先生が二人ともいなくなってしまうので、漠然と、「先生変わりすぎやな…」、「これからどうなるのかな…」と思います。

一年前、それまで長くお勤めになった育成学級の先生がいなくなり、新しい先生が二人やってきました。が、一人はすぐにいなくなり、しばらくは残りの一人の先生が一人で頑張り、後から追加でピンチヒッターの先生がやってきました。そしてまた変わります。

育成学級に関わる子供達にとって、先生が頻繁に変わるのは、落ち着かないし、不安が強かっただろうと思います。

育成学級では、先生が変わると、方針や部屋の使い方がだいぶ変わります。逆交流を受け入れるスタンス(どのくらい受け入れてくれるか)や、勉強のさせ方(様々な障害、様々な学年が一つの教室に集まりみんなでどうやって進めて行くのか)、障害理解について普通学級へ教えに行く活動があるかないか、などは、重要なポイントになります。

あと、どうやら、引き継ぎがなされないので、また、一からSくんの障害について話に行かなければなりません。

普通学級の担任も変わる、育成学級も新しい先生が来る、通級の先生も変わるかもしれない、けど、14人の単級でクラス替えは無いので、いじめっ子とは同じ空間にいなければならない。マニュアル通りの教員の配置や引き継ぎではないのは、ただ運が悪いのか、公立はもうそんなものなのか。

春休みの後からが今から心配です……。

つづく。

第249話「春休みの過ごし方の色々」【2017年3月】

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Sくんが毎日家にいます……不登校ではありません、春休みの始まりです。長い不登校を去年の3月に、短い不登校をついこの間やっているので、私の方はまるで不登校な時の構えですが、宿題がないのと”正規のお休み”なので、本人は春休み満喫モードです。

Sくんが春休みでも、いつも通り私は通院や用事があるので、ヘルパーさんにロングプランの社会参加(障害児の移動支援)をお願いして外出する段取りです。

一般的な、障害児の放課後や春休みの過ごし方としては、他に、デイサービスや学童や放課後まなび教室などがあります。

我が家の場合、デイサービスはSくんが入学した三年前には施設が少なく、入所できないまま、今になって施設が増えてきましたが、Sくんの中に”学校が終わったら家に帰る”がインプットされてしまってルーティーン化してしまったので、今更「デイサービスに通おう!」とはならず。タイミングを逃した感じでした。

学童は、私立の所は「障害児の受け入れは難しい」という事で、公立の所は空きがありませんでした。他にも問題があって、行き帰りを通学支援を使わなければならないらしく、今、学校の行き帰りで30分×2でちょうどいい時間の割り振りになっているので、それ以上はヘルパーさんの通学支援が使えず。私が迎えに行ってやる事もできないので断念しました。

放課後まなび教室は、受け入れできるか分からないとの事で「最初はしばらくお母さんと来てください、それから様子を見て入れるか判断します」との事。Sくんが”自分だけお母さんと行く事を嫌がるんじゃないか”、そして通ってみてからもしも入れないと言われた時にショックが大きいと思い、断念しました。そもそも、私が都度付き添えないから、放課後まなび教室を利用してみようかという話だったので、最初の期間を私が付き添うという事も不可能でした。

というわけで、Sくんはヘルパーさんとこの3年間を過ごして来ました。いいヘルパーさん達に出会い、今までを支えられて来ました。まだ、一人で外出する事は難しそう(空間認知が曖昧でタイミング悪く車にぶつかりそうになる、時間の感覚がみんなと違うからか通学路にずっと立ち尽くしていたりする)なので、これからもガイドヘルパーさんにお世話になりながらゆっくり自立を目指していきます……。

つづく。

第248話「人と違う所」【2017年3月】

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その昔、母が「この子は耳が聞こえ過ぎている」と言い出して、聴力検査へ行った事がありました。確かに広範囲の音域や人間には聴こえないはずの音まで拾っているとの検査結果が出ました。

それまで私は、かなり遠くの音や、隣の家のテレビのスイッチが入る音を、「みんなにも大きな音で聞こえている」と思っていましたが、その場に一緒にいる誰にも「聞こえていなかった」と知りました。

「耳がよく聞こえている」、その事で私が何か得をしたか…と言われると何もなかったような気がしています。(ピアノを長く習ったけれどそこにも生かせてはいなかった…)

かいじゅう兄弟も、音や匂い、感触に対して特別敏感なところがあります。

昔、地下鉄の中でAくんが”カーブの轟音の所”で泣き叫んだり、Sくんが”服のタグや質感を気持ち悪がって”服を脱いだり。幼い頃は言葉もはっきりせず、私の方が理由が分からず困った時期もありました。

今は理由が分かるので、嫌なものは避けて、混乱を回避しています。

特製の中の何が将来に繋がるか、メリットになるのかは分かりませんが、「人と違う所は、将来、強みになる可能性を秘めている」と思います。

私自身はたくさんのお稽古事をさせられてしんどい子供時代を送っていたので、かいじゅう兄弟にたくさんお稽古をさせる事はありませんが、違いを伸ばせるように、見守って行きたいと考えています……。

つづく。

第247話「進むべき方向」【2017年3月】

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半年かけて行われたSくんのグループOTが終了し、これで終わりかな…と思っていたら、継続になりました。

学校以外にグループでのやりとりを学べる場所は必要だと感じているので、”続けられて良かった”という想いと、”まだケアやサポートが必要なんだ”という想いとで、複雑な心境になりました。

弟AくんはOTは訪問のみでクリニックの方は一旦停止。週2回通ってきた療育を週1回に減らす事になりました。こちらもまた複雑な心境です。

思い返せば、Sくんの時代は週2回行きたかったけれど、空きが無くてなんとか週1通わせてもらっていました。Sくんの時代よりAくんの時代はサポートが広がっていると感じます。

Sくんは来年度小学4年に、弟Aくんは年長になります。それぞれに、発達の凸凹をケアしながら、適切な環境にいて心を整える時間と、新たな環境に挑戦し社会に馴染む為の訓練をする時間とが必要だと思います。

私にも確かに発達障害があるのですが、当時は検査も分類もサポートも無かったように記憶しています。虐めにあったり、馴染めなかったり、困ったな…と思いながら誰にも相談できないまま大人になりました。自分でなんとか工夫してここまで生きてきてしまいました。

そう思えば、幼い時から様々なサポートを受けられているかいじゅう兄弟は、私の時よりは、生きにくさを長く抱えずに済むのではないかな?と思っています。

今、与えられている環境(特にSくんの小学校)は決していいものではありませんが、私はかいじゅう兄弟の未来は今よりずっと良くなると信じています。ただただ良くなるだけだとさえ感じます。

いつまでサポートを受けていくのか、常に複雑な想いは抱えていますが、七転び八起きしながら進む方向が定まってきたような気がしています……。

つづく。

第246話「優先順位」【2017年3月】

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かいじゅう兄弟を淡々と育てながら、「一番大切な事は何かな?」とよく考えています。

「学校や保育園は行けた方がいいな」と思う時もあります。でも行き先の環境が悪過ぎる時は、そんな所へ行けた方がいいわけはありません。

「勉強をちゃんとできた方がいいな」と思う事もあります。学校では三年生になってやっと特別支援が始まった感じでしたが、もう一年以上の学習の遅れが出てからのスタートでした。自己肯定感なんか保てないし…、支援されてる宿題はズルいと言われるし…、結局、Sくんが揉まれならも、勉強は自分のペースで歩んでいいんだと思えるのに一年かかりました。心が強くなったんだと思います。

「心が元気な方がいいな。そうじゃないと何も身に付かない。」と思う事もあります。不登校になって、心を休める為に勉強をさせないでゆったり過ごすのか、勉強をある程度のペースでさせるのか迷いました。二年の時は休ませる事を優先しました。三年の時は読書やお手伝いを通して、少し勉強にもつながるように過ごしました。

一番は心の健康で、二番が体の健康、三番が自分が好きな事で、四番目が人との関わり合いで、五番目が勉強かな……。今はそう思っています。その為に適切な場所を選択した方がいい。

悪過ぎる環境にいて、そこから学ぶ事もあったとは思いますが、心や体がボロボロになってしまったら何にもならない。あともう少しでSくんの三年生が終わります……。

つづく。