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かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第1話「早生まれだから」(Sくんの幼少期)【2008年2月生まれ〜2012年12月までの記録】

薄グレーの太陽にキラキラと輝く雪が舞う朝、Sくんは生まれました。二分脊椎症の私から五体満足の子供が生まれた!その事に安堵しながら、私は「もしもこの先、この子に病気が見つかるような事があっても、 病気や障害があるかないかは、あまり関係ないな…」と感じていました。もちろん、病気はないにこしたことはないのですが、病気があってもなくても、彼が私の可愛い子供である事に変わりはないのです。

Sくんは手のかからない赤ちゃんでした。私が持病の症状に苦しんでいる間も、まったく泣かずにベビーベッドで過ごしていてくれました。人見知りもなく、愛想のいい赤ちゃんでした。言葉は遅く、たまに周囲から指摘される事もありましたが、私はちっとも気にせずに、”男の子だし”、”早生まれだから”と思っていました。

Sくんは自分からやりたがる事はなく、やってもらうと嬉しそうにしていました。とにかく大人しかったので、一緒にオシャレなカフェへ行ったり、電車や飛行機に静かに乗ったり。お人形のようで、何か空想の世界にいるような、心がここにないような様子もありました。私はSくんを「妖精のような素敵な子供だ」と思っていました。

トミカプラレール、ブリオの木のおもちゃに興味があって、特にコンテナが大好きで、たくさん買ってもらって長く並べて遊んでいました。気に入ったDVDは繰り返し何度も何度も見ていました。よく、セリフを覚えて独り言を言いながら遊んでいました。そして、絵が物凄く上手で、レゴもアイデアいっぱいで。私はSくんをいっぱい褒めて育てていました。

Sくんには、できる事とできない事がありました。私は「それで、とってもいい!」と思っていました。そして、どんな様子も「可愛い」と思っていました。楽しい子育ての中、二人目の赤ちゃん(弟Aくん)も授かりました。

Sくんが保育園へ通うようになり、周囲のお友達より何でも遅かったり、運動会のダンスが1テンポ遅れていても、可愛くて!可愛くて!それは、私にとって十分過ぎる姿でした。

「おはよう」には→「おはよう」、「いってらっしゃい」には→「いってらっしゃい」、「おかえり」にも→「おかえり」、こんなやりとりも、可愛い一面でした。

生まれてきてくれてありがとう。ずっとずっと、本当に何も気にならず、楽しい子育てをしていたのです。
(だいぶ後になって、私は、いろんな可愛い思い出が、発達障害のお子さんの幼少期に現れるサインだったという事を知ります。)

たまに、発達障害の発見が遅れた事を後悔するお母さんやお父さんがおられます。「早く気付いて、病院や療育へ連れて行ってやれば良かった。」と後悔されます。私も、ホームビデオを見返して、大きな波に飲み込まれて、深くて暗い穴の底に落ちてしまいそうになった事がありました。

でも、障害や病気があってもなくても、お母さん、お父さん、お子さんが、困ったり苦しんだりしていなくて、あたたかい家庭なら大丈夫だと思うのです。何も悲しむ事はない。ちょっと変わった行動も、ユーモアや可愛らしさだと受け止めて、共に楽しく過ごしてきたSくんの幼少期に、私は今もずっと感謝しています。

それに、もしも、Sくんが発達障害じゃなかったら、私が持病に振り回されて、Sくんの相手をしてあげられなかった時に、Sくんはもっとたくさん泣いていたかもしれません。

……だから、少しのごめんねと、たくさんのありがとう。やっぱり、病気があってもなくても、変わらず、我が子が可愛いのです!

『……私の時も、そうだったよね?』

重度の身体障害に生まれ、両親に迷惑ばかりかけてしまったと、時には愛されてはいないんだと思いながら生きてきた私に、「そうじゃないよ、大好きだよ」と教えてくれたのは、大人になった私自身でした。

誰でも自信に満ちて生きていけさえすれば、障害があるとかないとか、そんな事はあんまり関係なくて、大した差ではないと思うのです。人は違っていて当たり前。困っていたら助け合う。課題が現れれば一つずつ丁寧に対処し、必ず解決する。ただそれだけで、本当は何も難しい事はないのです……。

つづく。