読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第11話「気になる弟、Aくんの様子」【2011年5月生まれ〜2013年12月までの記録】

弟Aくんのこと

弟Aくんは五月晴れのとても気候のいい朝に生まれました。元気いっぱいの太陽のような子でした。(以前にも書きましたが、Aくんが生まれた時、私は部分麻酔が効かず、麻酔無しで帝王切開を乗り切りました。こっそりと「もう子供を産む事はないな…」と思いました。)

Aくんは、心雑音が消えず、心臓の周りを取り囲む胸腺が分厚すぎるという事で、通院やMRIの検査を頻繁に受けていました(引っ越し前の1歳半まで)。ウンチも自力では出ず、生まれて半年間は綿棒で刺激して出していました。けれど、それ以外は特に問題はなく、体も丈夫でほとんど病気をしませんでした。

そんな赤ちゃん時代、Aくんは兄Sくんとは全く違って、よく泣き、体がよく動く、激しいタイプの男の子でした。そして、下の子だから、「気がつけばできるようになっている!」、なんでも成長が早く、掴まり立ちの段階で75cmのベビーサークルから腕の力だけで脱出するという能力を発揮していました。お箸は1歳の時、ラーメン食べたさに勝手に使い始め、食べさせてもらうのを嫌がりました。走るのはいきなり速く、荷物も自分で持ちたがり、なんでも、「自分で!」「自分で!」と、ヤル気満々の赤ちゃんでした。「なんでも早いから大丈夫!」と思いつつ、泣き止まない時の長さが長すぎるのではないか、元気が良過ぎるのではないか、あと、言葉は遅いな…と感じていました。

それから、弟Aくんが2歳の時には、兄Sくんにはっきりと発達検査の結果が出ていて、私が本をたくさん読んでいたので、Aくんのちょっとした行動にも「Aくんにも何かあるんじゃないか?」と、心配するようになっていきました。

「下の子もずっと心配!」「子育てがずっと不安!」と、私が保健師さんに話していたので、京都への引っ越しまでに、熊本の保健センターで2回、発達検査も受けました。

が、特に問題はないという事でした。

Aくんは、挨拶して靴を揃えて検査室へ入り、機嫌良く検査を受けて、大人が話している間は大人しく待っていました。正直…、人見知りがあるせいか、弟Aくんは検査の時に良い面しか出ていなかったと思いました。
(後にAくんにも発達障害があると診断がおります。)

あと、兄Sくんに発達障害があると分かってからは、Sくんの不登園も続き、弟Aくんを母屋のおばあちゃん達や義妹に預ける事がほとんどで、私はAくんにあまり手をかけてあげていませんでした。

Aくんは、何でも「ぼくが!」もしくは、「ばあばと!」「ねえねと!」と自立心の強い赤ちゃんでした。でも、人よりいっぱい泣くのは、『ママ、もっとぼくをかまってください!』というサインだった、今、振り返るとそう思うのに、この時は、泣き叫ぶAくんをただひたすら抱きしめる事しかできませんでした……。

つづく。