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かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第14話「Sくん、引っ越し前に、京都の療育施設へ」【2013年11月】

熊本は秋で、京都は冬になり始めていました。

12月に引っ越し予定の私達は、まず、Sくんの保育園探し(年長最後の3ヶ月分)をする事にしました。前の保育園も待機児童がたくさんおり、弟Aくんは入れずにいたのです。

しかし驚いた事に、役所へ電話すると、自宅から通える範囲に20も保育園があり、二人とも受け入れ可能だと言うのです。近い所から3つの保育園の見学へ行き、自宅から近い所に二人とも通う事に決めました。

それから、新しい環境で、たった3ヶ月だけれど、療育に行けないまま就学するのは心配だという話を役所のケースワーカーさんに話したら、近くの療育施設を紹介してくださり、電話をしてから相談へ訪れました。この時も弟Aくんは京都の親戚に預かってもらっていました。

その療育施設は建物の二階にありました。一見それとは分からない雰囲気で、階段を上がると、優しくて気さくな先生が私達を迎えてくれました。

熊本であった事、Sくんの様子、おばあちゃんのガンの事、私の病気の事、溢れるように話したと思います。私と先生が話している間、Sくんは広いお部屋のおもちゃで遊んでいました。

ここの療育は熊本の施設と違い、勉強などはなく、一対一で先生が付いて、お友達との関わりを遊びの中で教えていく、との事で、勉強を嫌がっていたSくんには『とってもいい!』『できる事ならこの先生がいる所へ通いたい…!』と感じました。

帰り際、Sくんが「いつからここに通うの?」と言うので、私が「決まってないよ。」と言うと、先生が「来たらいい!引っ越したら、うちへおいで!!」と言ってくださいました。私達はそこから長い間(後に弟Aくんもここへ通うようになる)、この療育施設にお世話になる事になります。

楽しかった事、嬉しかった事を伝えたい時、また、悲しくなったら、困った事があったら、話をしに帰る「家」みたいに、その療育施設は私達の支えになってくれました。

そして12月。私達はパパのふるさとの熊本から、ママのふるさとの京都へ引っ越しをしました。

熊本では色々辛い事もありました。でも、小学校まで付き添ったり相談に乗ってくださった役所の保健士さんや、ヘルパーさんの手配や療育の手続きに付き添ったり相談に乗ってくださった障害者支援相談員さん、そして熊本の母屋の家族が支えになって、なんとかその時を乗り切る事ができました。

皆さん、ありがとうございました……。

つづく。