かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第19話「誰の為に?Sくんがコンサータを飲むという事」【2014年2月〜2015年9月】

Sくんは雪が降る日に産まれました。2月はSくんの誕生月です。6歳になるので、お薬について真剣に考えなければならない時期でもありました。

熊本の療育の先生:「この子はみんなが時速50キロで走る道を、時速200キロ出せる能力を備えているスーパーカーなのよ。ただ、今はコントロールが効かないだけ。うまくコントロールする為にコンサータという薬が役に立つかもしれない。」

最初に「コンサータ」の話があったのは、Sくんが年長の秋、熊本の療育施設でウィスクサードを受けた後でした。「コンサータ」は満6歳にならないと服用できないので、その時が来たら医師と相談するように言われていました。

発達障害があれば誰でも「コンサータ」を飲むというわけではありませんが、Sくんの発達の様子は、育成学級へ行くのも、普通学級へ行くのも適当ではないという話があちこちから出ていました。(京都では、どちらかと言うとSくんの発達の遅れとばらつきでは、普通学級をすすめられていた。)

小学校は保育園とは違います。きちっとしたカリキュラムと、めあて、一定レベルの学力に到達できなければならない枠組みがあります。課題には適当な範囲の答えがあり、場面に合わせて正しく行動できなければ、悪い方で目立つ事になってしまいます。普通学級では普通にしなければならないのです。

その普通学級へSくんが行って、長い時間座っていられるのか、指示通りに学習に取り組めるのか、自分自身を正しくコントロールできるのか、には、多くの不安がありました。

コンサータ」を飲む事で、食欲不振になったり、眠れなくなったり、いずれやめる時に苦労をする等、様々な副作用や苦労を説明された上で。私は、専門家の方々のすすめを聞いて、Sくんに「コンサータ」を飲ませてみようと思いました。

コンサータ」は朝に飲むと以後12時間効果が現れます。Sくんははっきりと大人しくなり、元気がない表情になり、言葉数が減り、背筋が伸びて、指示出しに従うようになりました。一見、優等生のようで、まるで別人でした。小学1年生から2年生の秋まで、1年8ヶ月の間、小学校の勉強に必死に取り組みました。

代わりに、給食はまったく食べられず(朝と夜もあまり食べない)、元気な表情もない、細い細い男の子になりました。独り言や蝶々のように駆け出す事がなくなり、周りに全く迷惑をかけなくなりましたが、嫌な事を断れなくなり、我慢をたくさんするようになりました。

コンサータ」に関しては、後に、学校側と数々のトラブルがあり、担任が給食を放課後まで無理矢理食べさせる事件なんてのも起きます。

特別支援が受けられない環境がずっと変わらず続き、「コンサータ」を飲ませても学力が伸び悩み、後に学習障害も発覚しました。その時に、医師と相談して、Sくんの「コンサータ」服用は終了する事にしました。
(「ストラテラ」に切り替えてからは言いたい事を言えるようになったが、徐々にトラブルが増え、虐めにあい、二次障害になり、不登校にもなった。)

環境が整わない、周りの大人からの理解がない中では、「コンサータ」を使う意味はないと感じました。「コンサータ」を飲ませて普通学級で頑張った事が良かったのか、悪かったのか。また、「コンサータ」をやめて、良かったのか、悪かったのか。通る道は一筋しかありません。

でも、本人がなるべく困らないように、自信を失わせないように、「多くの専門家がコンサータの服用でSくんを応援しようとしていた」と私は思っています。その想いに間違いはありませんでした。

一年の担任の先生:「コンサータって、子供が大人しくなる薬ですよね。だったら、うちのクラスのうるさい子達全員に飲ませたいです!」
後に出会うこの先生は酷い暴言を吐くヒトでした。先生を困らせない為に、Sくんは「コンサータ」を服用していたわけではありません。

よくよく考えて、Sくんの為に良かれと思って始めた「コンサータ」でしたが、心無い大人達によって、その応援の心がぶった切られてしまう、そんな現実が、Sくんの未来には待ち構えていたのでした……。

つづく。