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かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第92話「相模原障害者施設殺傷事件に驚かなかった事」【2016年7月】

相模原障害者施設殺傷事件は私にとってタイムリーな出来事でした。ヒトラーの思想が降りてきた?犯人は「重度の障害者は生きていてもしかたない。安楽死させたほうがいい。」との考えを持っており、”あれ”は正義だったと主張しました。PTAを始め、私の周りでもそういった思想のヒトに度々出会ってきたので、その中の一人がとうとう行動に出たと感じて、恐怖は感じましたが、驚きはありませんでした。

障害者はなぜいるのか?この事をずっと私も考えてきました。気がついたら私は障害に生まれていたので、生まれてしまった物を、おい、お前、障害者で役に立たないから死ね!と、集めて殺されたら……アウシュビッツですよね。前時代的。

障害者は確かに行動が普通と違っていたり、不自由があって他者からの助けが必要だったりしますが、「その心は健常者と変わらず同じだ」という事が忘れられているように思います。

我が家は障障介護をしているので、ヘルパーさんがいなければ生活は成り立ちません。でも、常に人が出入りしている事、時間割のようにシフトを組んでいるのでイレギュラーは入れられない事が、大きなストレスになっています。

ヘルパーさん達はみんな優秀ですが、本当は、「健常者のように支援無しで自立したいのが障害者の想い」なのです。

SくんもAくんも、もしかしたら、普通の子供に生まれたかったのではないでしょうか。支援がなければ生きていけませんが、学年相応に、ヘルパーさん無しで自由に行動したり、みんなのように学習ができる自分の姿を夢見ているかもしれません。

例え、意思疎通が出来なかったとしても、その方の心は生きています。「心が同じである事が、命の尊さが同じである事だ」と私は思っています。上も下もない。だから、死にたいくらい辛い事があっても、他人から安楽死をオススメされたり、殺されたりするのは嫌です。

私達は、私達を助けてくださる全ての方々へ感謝の念を忘れません。だから、健常者の方々も、どうか、健常に生まれた事への感謝の念を忘れないで欲しいのです。

障害者、役立たずだから死んで!おじいちゃん、おばあちゃん、役立たずだから死んで!…そんな、生産性や効率という面だけを見て、役立たずを排除するような社会はとても冷たいと思います。私達はみんな血の通っている温かい人間なのだから、自己も他者も、「生きていてくれてありがとう」を忘れずに、心豊かに生きていきたいのです。

障害者はなぜいるか?それは、冷静に違いを認め、心豊かに生きていく事を確認する為ではないでしょうか。困っている人がいたら助ける、困っても誰かが助けてくれる安心感が、豊かな社会には必要不可欠だと思います。そういう意味で、日本はまだまだ発展途上です。これからも、ありがとうを忘れずに、生きていきたいと思います……。

つづく。