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かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第118話「優先座席」【2016年10月】

幼い頃から、優先座席の存在が私の中ではざわざわしていました。優先座席がなければ、身体の具合が悪くて辛くても席を譲ってはもらえないのか。そして実際は優先座席があっても席を譲ってはもらえない場合もあるという事……。内部疾患がどんどん悪化している私は、いつになったらあそこへ座っても怒られずに済むのか。様々な経験を通して、幼い私は優先座席がある事が恐いと思うようになっていきました。

小学生になって一人で行動するようになり、私立へ通うバスで、ピアノへ通う地下鉄で、病院へ通うJRの中で、ますます恐怖は増していきました。高校生の頃、3回目の脊椎の手術を受けた事もあって、だいぶ具合が悪い状態で通学していました。優先座席を見つめながら、息が上がり目眩がして、肋間神経痛のような激しい胸の痛みが走りました。涙が止まらない、とんでもない世界に私は生まれてしまったかもしれないと思うと、どうしようもなくて、降りて歩いて帰った事もありました。

誰にも聞けないまま、私は大人になりました。

大人になると、慣れでしょうか、あまり何も感じなくなっていきました。何か言われても相手に話をできる力も備えていました。優先座席に座っていて「若いんだから立て」と言われて、手帳を開示して元気ではない事を話した事もありました。それでも逆ギレされてしまう事もありましたが、なんとかやりこなしてきました。

あと、大人になると、他の困りを抱える方の、優先座席だけではカバーできない壁に出会うようになりました。「今だ!行動して!」私の中で生きている幼い私達が叫び出して、内側から後押しされるように、私は気がつけば、対象の人に声をかけるようになっていました。

「大丈夫ですか?何かお手伝いできることはありますか?」
(思い込みで行動して、気分を悪くさせてしまったら申し訳ないし、たぶん、私が困っていたらそう聞いてもらえたら助かります。)

子供の頃は優先座席がただただ恐かったけれど、大人になって、優先座席や困りを抱える方の存在は私達を試してるんじゃないかな?と思う事があります。今、私達が試されている。誰が見ているわけでもないけれど、私自身が私を見ていて、私の中で生きている幼い私達が大人になった私を見ている。幼い頃の私は外出する恐怖心が強すぎて、自信を持って他者のお手伝いをする心の余白も、見ず知らずの方に対する思いやりの欠片も、持ち合わせていませんでした。

目に見えない困りはまだまだあると思います。でも、少しでも困りが見えたら、自分に余裕がある範囲で、大丈夫ですか?と声かけして、困りから生まれる不快感を少しでも減らしていきたいと私は思うのです……。

つづく。