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かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第122話「笑い話。付き添いする母の姿」【2016年10月】

たまには笑い話の昔話を。母は面白い人でした。

繰り返し入院する私に、母は付き添いしたり、病室が遠くても定期を買って通ってきてくれていました。でも様子が普通とは違っていたのです!

生まれたすぐの脊椎の手術はベッドの記憶しかありませんが、小学3年の夏休みの入院はよく覚えています。

子供専用の6人部屋のベッドとベッドの間に、それぞれの親達は簡易ベッドを置いて寝泊まりしていました。みんな、親と子は、命綱みたいな紐で手首同士を結んで、痛い時や苦しい時はそれを引いて親を呼びます。

が!!うちのお母さんは……紐を外して爆睡していました(笑)。

「死ぬほど痛い!助けて!」という瞬間だったのに紐を引いたら、スポンと手が跳ね上がってしまいました。…仕方ないのでナースコールを押しました(笑)。だいぶ苦しかったですが、死なずには済みました。お母さんらしいなぁと笑ってしまいました。

外出許可が出てアカチャンホンポへ買い物へ行ったら、うちのお母さんは同じ病室の子供たち全員におもちゃを買って、それを配っていました。気さくにサンタクロースみたいに配るもんだから、みんな、ありがとうと受け取って喜んでくれました。

高校2年の春休みの手術は、私が手術室に入った途端に、手術室横の待合室で母が「今、食べなきゃ、また出てきたら、食べられなくなるし!」と言ってお寿司をモリモリ食べ始めたらしく、看護師さん達の噂になっていました(笑)。

寝たきりの私にご飯を食べさせたらこぼすし(笑)!

お花の入った花瓶を倒したらあかんよと話しながら花瓶を倒してしまって割るし(笑)!

私が「カルボナーラ食べたい!」といきなり言ってみたらどこかへ飛んで行って、近所の洋食屋さんに「死にかけの娘が死ぬ前にここのスパゲティを食べたいと言っている」と嘘をついてスパゲティを皿ごと運んでくるし(笑)!

しかも間違えて「ペスカトーレ」運んできて辛いし、むせるし(笑)!

付き添いする母の姿は笑い話そのものでした。笑うと手術の痕が痛いのに、私を毎日笑かして、母は笑いながら帰って行きました。パワフルでお茶目で元気印、それが母のトレードマークでした。

母が膵臓癌になった時、私は泣くのを我慢する事はできましたが、母を笑わせる事はできませんでした。あの母のパワーはなんだったんだろうかと、母が亡くなった今でも感心してしまいます。同じにはなれないけれど、あんな人に私もなりたいと思います……。

つづく。