かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第133話「二分脊椎症のママが赤ちゃんを産むという事。《3.入院(Sくん)》」【2008年1月〜2月】

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私の出産経験談の続編です。長文ですが、お付き合いください。

* * *

《3.入院(Sくん)》

年が明けて、星ヶ丘へ検診に行くと、だいぶ赤ちゃんが下がってきている上、前置胎盤子宮筋腫も大きくなっていることが分かりました。もしかしたら入院になるかもしれないと言われていました。そして、1月後半には子宮口も開いてきたので入院になりました。吐き下す事があるのでトイレ付きの個室に入りました。

二分脊椎症の場合、陣痛がないまま出産に至る例も聞いていたので、ドキドキしながらその時を待っていました。が、予定日三日前の2008年2月7日から、しっかり陣痛が始まり、徐々に破水もしました。

しかし、なかなか産まれず。吐き下したまま、食事も取れず、薬も吐いてしまい、ふらふら。でも、歩いたり、階段を登ったり、通常の自然分娩への流れを経験しました。

陣痛二日目の夜、触診した先生が言いました。

産婦人科の先生:「◯◯さん、ごめんなさいね…。」

私は仰向けのまま、大量に目から熱い涙が溢れ出るのを感じました。

産婦人科の先生:「あ。あれ?なんで泣いてるの?…あ!違う、違う。”ごめんなさいね”は、長く陣痛に耐えさせたのに、羊水が濁ってしまったから、明日の朝に切るよ、って話。」

私:「え。」

勘違いなのに、滝のような涙は止まりません。

私:「赤ちゃんが死んじゃったと思った……!先生、言い方、紛らわしいわ。私なんか、もう、あっちもこっちも手術痕だらけ。5本ですよ。切るのは別にいいです。大丈夫。明日、よろしくお願いします。」

翌朝の緊急帝王切開が決まると、ずっと付き添いしていた母は一旦帰りたいとバスに乗り込みました。が、大雪でバスも電車も止まってしまい、病棟へ戻ってきてお布団を借りる事になりました。母は付き添いながら、「痛いって言ったらあかん!」「吐いたのこぼしたらあかん!」とずっと言っていました。本当に面白い人です……。

つづく。