かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第134話「二分脊椎症のママが赤ちゃんを産むという事。《4.出産(Sくん)》」【2007年2月〜4月】

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私の出産経験談の続編です。長文ですが、お付き合いください。

* * *

《4.出産(Sくん)》

2008年2月10日、日曜日の朝、麻酔科の先生が足りなくて周りの病院から応援が来てくださって、Sくん出産の為の帝王切開が始まりました。

部分麻酔をすると5分ほどで陣痛の痛みは消えてなくなりました。10分後にSくんが取り出され、さらに大きな子宮筋腫も隣にあったので、ついでに摘出手術してもらいました。後から見せてもらったら2キロもありました。

術後は、後陣痛が痛くて痛くて、体力も落ちていましたが、個室から赤ちゃんがいる部屋まで歩いておっぱいをあげに行っていました。しかし、数日後にダウン。母が毎日来て(初孫見たさ)、私をお世話してくれていました。

ある日のこと……「赤ちゃん産んでお母さんになったのに!お母さんに甘えて!どんな甘ったれがこの部屋にはおるんや!」という声が聞こえて目覚めました。心がヒヤー…っとしながら、管だらけで動かない身体の中に私はいました。その声は病棟に長くいる見知らぬ方でした。後から看護師さんが謝りに来られました。気にしないでね…、はい、大丈夫です、そんなやりとりをしたように思いますが、今でもしっかりと覚えているのは、そんな言葉の中に真髄があるからです。後に母は亡くなりました。私が甘える相手はどこにもいなくなりました。準備して構えておけよ、その言葉は私にそれを知らせてくれたのかもしれません……。

出産から二週間後に退院。二ヶ月間は実家でお世話になり、乳腺炎にも一回なりましたが、母子共に元気な姿で、2008年4月、私達は熊本へ帰りました。

産婦人科の先生:「本当におめでとう。熊本へ帰ってからも頑張ってね。帝王切開したから、次の子は通常2学年開けて欲しいところだけど、◯◯さんは4学年は開けてね。あと、普通は帝王切開なら2回までって言うけど、うちは4回まで切れるから。赤ちゃん、また、産みなさいね!」

たくさんの先生方、看護師さん、助産師さん、家族、友人、多くの人に支えられて、Sくんは誕生しました。本当にありがとう。そして、Sくん、こんな私の元へ生まれて来てくれて、ありがとう。

子を出産して、私は強くなりました。介護されるだけでない、自分もまた子を育てるという形で、守るべき存在が増えました。どんな困難な道も必ず歩いていく、そんな自信が私の中に湧いていました……。

つづく。