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かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第151話「昔話。私はあそこへ帰る。」【2016年11月】

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* * *

私が小学三年の夏休み、京大の脳神経外科で、脂肪腫を除去する手術を受ける為に長期入院をしました。脳神経外科の子供の病室は1つで、6つのベッドがありました。産まれてからずっとそこにいる子や、死ぬ時が退院する時になる子がたくさんいて、私が入院していた間も数人の子供が亡くなりました。

私は、手術なんかこわくない!と強がる子供でした。平気、平気、と軽い様子で振舞って、真の心の在処がなくて、一人になるとそわそわするようになっていました。

私の手術の何日か前、私の向かいのベッドのお姉ちゃんが亡くなりました。昼間、いつも付き添っていたお母さんに「卵豆腐が食べたい」と小さな声で言って、お母さんが売店に行っている間に亡くなりました。私は目の前でその様子を見ていました。

目前で初めて人の死に触れて、そわそわは夜中まで止まらなくなりました。

手術の前の日の朝、病室で仲良くしていた三歳の女の子Tちゃんが散歩へ行こうと言うので、二人で病棟を抜け出した事がありました。Tちゃんは脳腫瘍で、頭に何本も線路のように手術痕がありました。Tちゃんに連れられるまま行くと、中庭を挟んで向かい側の棟の窓から、赤ちゃん達が見えました。新生児室です。

Tちゃん:「わたしはね、あそこに、かえるんだよ。」
私:「え?」
Tちゃん:「しゅじゅつ、こわいよね。わたしもこわい。でも、みんながんばってるし、こわいとか、いやとか、いえないよね。わたし、もうすぐ、しぬとおもう。みんなにあえなくなるのはさびしいけど、わたし、あそこにかえるから、だいじょうぶ。」
私:「……。」
Tちゃん:「また、あえるよ。しぬっておわりじゃないよ。こわいけど、だいじょうぶ。」

たった三歳の女の子が、こんなにしっかりしていて、私は小学三年生、もう九歳で。三倍も生きているのに、なんだったんだろうとか、いろんな想いが込み上げて、廊下に伏せて泣きました。

とん、とん、Tちゃんの小さな手が背中をとんとんしてくれて、私の中のそわそわは消えて無くなっていきました。

私は二ヶ月後に退院しました。定期検診で子供病棟へ訪れてみましたが、知ってる子は誰もいなくなっていました。お母さんは、「みんな退院して、元気にしているよ。」と言いましたが、私は信じる事が出来ませんでした。

手術のたび、麻酔から帰る時に、私はあの三歳の女の子を思い出します。これから先もきっとずっとTちゃんは私の支えになってくれています……。

つづく。