かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第155話「レスパイト、見えない内面の壁崩し。」【2016年11月】

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今日の考え事は、「レスパイト(休息)を許さない空気はどこから来るんだろう?」という話。

真面目に努力し続ける事が当たり前で、自分自身の内面にも厳しく、もしくは判断力を失って狂ったように頑張り続けて……。日本には、身体や精神を壊して死んでしまう人がたくさんいます。様々な尊い命が、自らの手で消えてなくなっていきます。みんなに向かって「怠けなさい」と言っているわけではないけれど、自分の限界の半分くらいでストップをかけて欲しかった、自分を守って大切にして欲しかったと私は思います。

熊本にいた頃、車がないと何処へも行けないエリアに暮らしていて、持病のある私には免許もなくて、初めて暮らす地域に友達もいなくて、体調も悪くて。下手したら一人で喋り出してしまうんじゃないか?!っていう精神状態になっていた時がありました。初めての子育ても、人に言いにくい障害も、身体が老いていく事も、死を気にする事も、全て私の中に孤独を生んでいきました。

今は、毎日ヘルパーさんが代わる代わる来てくれて、だいぶ気持ちが楽になりました。最初は家庭内にヘルパーさんが入る事に抵抗がありましたが、徐々に慣れ、1日に何度かヘルパーさんが訪ねて来てくれて声をかけてくれる、それが救いになっていきました。当たり前だけど、お喋りすると「一人じゃない気がする」からです。私は、誰でも、レスパイトと、人との関わり合いが必要だと感じています。

私の中には、障害児の親だから努力を怠ってはならな…という想いや、自分が障害者だから偉そぶる事なく感謝して直向きに生きなければならないな…という想い、PTAのことなどで、レスパイトは許されないんじゃないかな…という想いがあります。そんな時、ああ…私の中に壁があって、私の中に意地悪な私がいて、負の面を押して押して自分を潰しそうになるのだな…と感じます。私は、レスパイトを許さない空気を、自分自身の中から発生させてしまっているかもしれません。

生、老、病、死、四つの扉は私達に平等に訪れます。ネグレストや乳幼児の虐待死、過労死や介護自殺、高齢者の自動車事故問題など、様々な課題が日々報道されます。きっと当事者達の内面や生活面では、限界を超えた課題があって、それを一人で抱え込んでしまっているのだな…と、私は自分を振り返って感じます。

死に至って報道に上がる前に、「もう限界です!休ませてください!」、「もうすぐ限界です!代わりに誰かお願いします!」、状況を理解されないかもしれないけど、バッシングを受けるかもしれないけど、声を上げて欲しいと思うのです。”話せば救われる…!”なんて、そんな簡単な事ではないけれど、まずは、知らせなければ、気付かれもしません。あとは「レスパイト、休む事」と、最後に「自分に優しく」です。

この世に生まれた全ての尊い命が、少しでも多く息抜き、生き抜けますように……。

つづく。