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かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第160話「お見舞いに行けなくて」【2016年11月】

ママのこと

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* * *

ゆきやこんこ、あられやこんこ……冬が近づくと何処かから灯油巡回車の音楽が聞こえてきます。母が緩和ケアで過ごしていた時、あの歌詞を知りたいと電話してきてくれました。まだ昨日の事のようです。

母が緩和ケアに入って数週間経った時、Sくんがインフルエンザにかかり、続けてノロウイルスにもかかりました。伝染病が出た事によってヘルパーさんは停止、持病の調整をしながら、Sくんの看病をしていました。

その間、母はどんどん弱っていきましたが、免疫の弱い私が万が一菌を病棟へ持ち込んではいけないと考え、あえて、お見舞いに行きませんでした。

ある夜の事です。緩和ケア病棟の看護師さんから電話がありました。”だいぶ、弱って、寂しそうにしている、どうして誰も来ないのか”という内容でした。私は素直に、熱心な看護師さんだと感じました。

我が家に感染症が出ている事、私にもかいじゅう兄弟にも持病があり、自由にお見舞いに行けない事(感染症が出るまでは私が2日に一度行っていた)、他の家族もそれぞれに事情がありお見舞いに行けないと説明しました。

私:「……ですから、私は子供の感染症が収まるまではお見舞いへ行けません。お電話いただいたのに、すみません。母が寂しがっているとは…感じています。」

看護師さん:「だったら、早く来てあげてください!それでも娘ですか!お母さんがかわいそうです!」

私:「すみません、無理です。私も自分の病状が思わしくありませんし、発達障害の二人の子供も大変うるさいので他の患者さんたちに迷惑をかけます。母は分かっているはずです。あと、いつも母に寄り添ってくださると聞いています。ありがとうございます。感謝しています。母が今以上に寂しがったりするかもしれません。その時は通常の看護の範囲で結構ですので、対応してやってください。」

私は、看護師さんが説明を聞きたかったわけじゃなくて、”なんとか来てあげて欲しい”と言っていると分かっていました。でも、私には質問に対して説明をする事しかできませんでした。

感染症が収まり、病棟へ行くと、母は変わり果てた姿になっていました。それから数週間生きて、亡くなりました。私はドライな娘だったと思います。でも、世の中にはどうにもならない事がたくさんあります。

ゆきやこんこが流れる季節になると、慌ただしく、母に頼まれた苺やジュースを買って緩和ケアに向かっていた頃の夢を見ます。私は後悔しているんでしょうか。分かりません……。

つづく。