読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第269話「自己肯定感について」【2017年5月】

ご訪問いただき、ありがとうございます。最近、私の体調が悪く更新が不定期になっています。

読者登録をしてくださった方、星をくださった方、メッセージをくださった方、ありがとうございます。ありがとうを糧に更新を続けていきます。これからもよろしくお願いいたします。

* * *

自閉症スペクトラムADHDとLDのあるかいじゅう兄弟を育てる過程で、様々な場面、人(医師や療育の先生、保健師さんや作業療法士の先生)から、「お子さんの自己肯定感を高めてあげて」と言われて来ました。今もよくその言葉を聞きます。「自己肯定感とは何か」、「どうやったら高められるか」は適切に説明できませんが、自己肯定感が低いのは良くない事だけは実感としていつも心の中にありました。

例えば、不登校の時、自己肯定感が低いと、「そっと休ませてやる、何もしない時間から始めるしかない」と、私は知っていました。なぜなら、自分が経験者で、自己肯定感が低い時に学校へ行けないって事は、もうだいぶ精神的にやられていて、新しい事にチャレンジしたり、物をよく考えたりするパワーが不足していて、とにかく、「休むために、学校を休んでいるんだ!」という事だったからです。

逆に、自己肯定感が高い時に不登校になったら、自宅学習や別の活動にその時間を割り当てて、いきいきと学びを身につけて行くパワーがあって、私自身は「この休み、無駄にしてなるものか!」と思っていました。私は、「自分自身の能力や得意不得意を理解して、自分はこれでいいんだ!やっていける!と自信を持っている状態、そして、自分を好きでいる状態」が、自己肯定感が高い状態だと思ってきました。

そう思えるきっかけになったのは、小3の初夏、父の言葉でした。

生まれつきの二分脊椎症の2回目の脂肪腫除去手術を迎える前の暑い日、お寺の庭で目に飛び込んで来た景色を描いていた時の事でした。初夏の緑の木々が、私には紫と黄色に見えて、その2本とスケッチブックを片手に、私は立って絵を描いていました。「暑くないか?」と声かけにきた父に、仕上げた絵を見せたら、絵を持って家の中に走って行き、母に大きな声で言いました。

父:「見ろ!この子は天才だ!さらさらっとこんな絵を描いた!やっぱりずっと習いたがっている絵を習わしてやろう!絶対に伸びる!お前はコンテストとかに出すように調べたり、送ってやったり、マネージャーになったらいい!先は明るいぞ!」

私は、2年の一年間はクラスメイトと担任から激しい虐めにあい、3年はクラスで浮いたまま、腰や頭に激痛が走るようになって、夏休みに手術が決まっていました。母は幼い妹を北海道にいる祖父母に預ける準備をしたり、日々の辛さでノイローゼ気味でした。お先は真っ暗、みたいな空気が我が家にはありました。

父はニコニコしながら、未来は明るいと言い出して、本当に、退院してからアトリエを探し、私が嫌がっていた他のお稽古をやめさせてくれて、4年から私は念願の絵を習いに行くようになりました。母は見事なマネージャーになり、私に月に数枚描かせて、丁寧に発送してくれて、だんだんに作品が賞を獲るようになり、それまで、微妙だった母子の関係も良くなりました。

高齢になった父はあの出来事をもう忘れてしまっているし、完璧過ぎるマネージャーであった母は三年前に他界、あの時の庭の絵ももうどこにあるか分かりませんが、あの出来事が、確かに、私にとって、「自己肯定感が高まり始めるのを感じる瞬間」でした。

自己肯定感は「すぐには高まらない」し、高め方も「その子それぞれ」だと思います。我が家のかいじゅう兄弟についても、まだまだやり方や場所や、そもそも好きな事、得意な事を試行錯誤中です。ただ、経験上、「自己肯定感は、家族みんなで気持ちが上がって応援していくと、凄くいいな!」と思います。

「お子さんの自己肯定感を高めてあげて」と言われたら、ザックリし過ぎていて焦りますが、お子さん自身が自分を知る所から、ゆっくり始めたらいいかな?と思う次第です……。

つづく。