かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第292話「散らかり放題の子供部屋の中で想うこと」【2017年6月】

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散らかり放題の子供部屋。かいじゅう兄弟はお片付けができません。パパは子供達の紙で作った作品をゴミ袋に集めてしまいました。全否定!泣き叫ぶかいじゅう兄弟。散らかり放題の部屋で、かいじゅう兄弟は何も困っていません。私とパパが、片付けをした状態にしたいだけで。だから、いつも、私が5日くらいかけて片付けて、2日で元に戻る(笑)。この繰り返しです。

パパは学歴重視の人です。私なんか比べ物にならない学力を持っていて、いい大学もでて、いい会社にいます。現在も次々資格試験を突破しています。だから…、学歴重視の視点から見たら、空き箱や紙で作ったものはゴミなんだろうと思います。物作りを職にしている私から見たら、昔の自分の姿に重ねたりして、楽しい気分になります。

でも…、そもそも、かいじゅう兄弟も私も、学歴の外側にいる人間なわけで。学歴で計ったら0以下。で、努力で学歴の内側に入れるわけではない。パパが思い描くような、いい大学に入って、好成績で出て、いい会社に入る…なんていう未来はこの子たちにはないよ…と内心思っています。

パパがかいじゅう兄弟の行動を全否定してるのを見ていると、私や、他の、社会の役に立たない障害者、全員、ゴミ袋の中に入れられたような気持ちになる事があります。パパのものさしからしたら、学歴を身につけられず、自立の可能性も低く、社会の荷物になる可能性のある人、みんな、ゴミみたいな感じになのかな?と。でも、それだと、相模原の犯人の考えに近くなる。

そう、なぜ、我が家にかいじゅう兄弟が生まれたか、突然、凄くよく分かる気がして来ました。彼らは、私やパパのものさしを壊す為に来たんではないか、と。

介護しなければならない老人は猛スピードで増える、医療技術の進歩でちょっと前なら死んでたはずの私のような赤ちゃんが障害を持って行きていく、晩婚化や草食や理由は様々だけれど子は産まれないから減っている、自閉症スペクトラムとLDは猛スピードで増えてる、ということは、介護するべき老人と、福祉でカバーすべき障害者は増えてるのではないか。

圧倒的に、老人ではない健常者の割が少なくて、支えて行かなきゃならない時代に、パパのように「老人は早く死ね」とか、障害児に対して「消えてくれ」では始まらないと思うのです。誰も、死なないし、消えない。死なないで欲しいし、消えないで欲しい。

災害時のボランティアも、介護も、福祉も、”やってやってる”では続かないし、経済面でも割には合わないから、もっと他のところに価値を見出さないといけないと思い始めています。

既存の価値観も、やり方も、決まりごとも、一旦壊していかなきゃな……。

散らかり放題の子供部屋の中で想うこと。話がだいぶ逸れましたが、かいじゅう兄弟のお世話、本当は、「してやってる」んじゃなくて、「させてもらって自分が成長させてもらってる」。よし!頑張ろうと思いました……。

つづく。