かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第293話「創作と生きる力」【2017年6月】

ご訪問いただき、ありがとうございます。読者登録をしてくださった方、星をくださった方、メッセージをくださった方、ありがとうございます。ありがとうを糧に更新を続けていきます。これからもよろしくお願いいたします。

* * *

なぜ創るのか。今でもよく分かりませんが、確かに創っている時や、頭の中で創る計画をしている時、私はこの上なく幸せで、穏やかで、やる気満々です。特に計画段階が楽しいです。

だから、大して有名になれていなくても、職業としての収入が不安定で少なくても、いいのです。作品を創ってお金が頂けたら、ボーナスみたいな、プラスでありがとうの感覚です。

若い頃は、自己満足でいいのか?と悩んだり、もっと有名になりたいとか、たくさんお金が欲しいと思いました。

20代後半で結婚して子供ができて育児に専念してからは、育児を理由に、時間がない!と創れない自分でいいのか?とか、病気の悪化を理由に、創れない!とか、言い訳だらけでいいのか?と悩んでいました。

でも、時間がない中で、体調が悪い中ででも、頭の中で次の作品をずっと計画している間は幸せでした。

うまく説明できませんが、私にとって、これ以上の物は他から得られないんじゃないか?と思うのです。

買い物でストレスを発散したり、友達とお喋りを楽しんだりももちろん幸せなのですが。私が幼い頃から心配していたのは、何もできなくなった時に何を糧にして生きていたらいいのか、でした。それは日々のストレスを発散する事より重要でした。

術後に全く動けない時や、検査でずっと同じ形で何時間もいなければならない時、体調が悪い日々の中で、もう少しで自分が発狂するんじゃないかと恐れていました。が、いつも、想像して、頭の中で次に何を創るか考えて、凌いできました。

将来、目や手を失ったり、ずっと寝たきりになったりをどこかで想像して、全く身体が動かなくなって、意識だけ生きている状態になった時にも楽しめる何か、それが、私にとっては、創作について”考える事”だったのだと思います。

創作について考える、計画するという視点から見たら、病気の時間も育児の時間も無駄ではなく、経験やエピソードとして作品の中に込められていくので、今では、少し若い時の悩みが、何だったんだろう?という感じです。

結果に価値を置くのではなく、過程、しかも過程(実制作)の前段階に価値を置いているので、私以外の誰にも分からない、見えない、形かないものですが、それは、確実に私を救っていると思うのです。

言葉足らずで伝わりにくかったかもしれませんが、私の生きる糧についてお話でした……。

つづく。