かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第337話「我が子が障害児と分かった時」【2017年8月】

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我が子が障害児と分かった時→落ち込む→ということは=自身の中に偏見があったということだ、と、”気付き”ます。それまでにもきっとあった、偏見のある自分自身に出会い、向き合います。

私の母は、私に重度の身体障害があると分かった時、落ち込んだとはっきり言っていました。どうやって育てたらいいか分からないし、相談もできないし、気が狂いそうだったとも話していました。

私は、Sくんに発達障害があると分かった時、勝手に思い描いていた未来像がさーっと消えて無くなっていくのを感じました。

保育園のお友達と一緒に遊ぶ姿とか、一人で小学校へ行く後ろ姿とか、100点を取ってくる姿とか、中学生、高校生、大学、就職、結婚…みたいな当たり前らしい普通のレールが、さーっと消えて無くなって、”未来像を入れ替えなきゃ”と思ったのに、それが何か分からなくて、こわくなりました。

弟Aくんに発達障害があると分かった時は、Sくんを育てる中で得た知識から、何か発達に障害があるのではないか?→やっぱりあった!という流れで、変動はありませんでした。

私には、私自身を育てた母の姿があったから、落ち込み期間も短く、あってなかったような感じで、通院や、勉強に追われる毎日に突入していったように思います。また、父の職場にいた知的障害のあるお兄ちゃんの働く姿を見ていたので、私にとって障害は”近しい存在”でした。

偏見があったらあかんとか、差別があったらあかんとか、障害児の親に落ち込んでる暇はないとか。そう、それは、そうだけれど。事実、落ち込みながら自分自身と向き合ってるそれぞれの私にとって、何が重要かと言えば、まずは”気付き”があったことであって、立ち直りにどれくらい時間がかかるかは人それぞれで、いつかは、障害のある我が子と共に歩み始めます。

夏に入ると、私は、やまゆり園事件を思い返します。被害にあわれた方、家族を亡くされた方の気持ちを想うと、決してあってはならない事件が、もう、起きてしまった後なんだと痛感します。

容疑者が社会に与えた衝撃も大きく、その中身は、潜在する偏見への呼びかけであったようにも感じて、このような”誤った大義の元に発生する事件が増えるんじゃないか”、また、普通の人も何かしら”障害者なんか死んでしまえばいい”と思ってはいないか?という、二つの不安が過ぎります。

私は、私自身が障害者で、子供も障害者なので、立場が多くの人々とはまた違うかもしれませんが、障害があってもなくても人は皆大切にされるべきだと強く思うし、もしも、自身の偏見に気付いたら、向き合って乗り越えて欲しいと思うのです……。

つづく。