かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第509話「ストレンジャー」【2018年2月】

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私はどこへ行ってもストレンジャー、余所者でした。

田舎のお寺の第一子として生まれましたが、重い障害があり後継候補ではなく、いない者として育てられました。京都にあるお寺の本山の中に暮らし、学校は私立へ。地域との関わりはありませんでした。何回か引っ越しをしてみて、いつもストレンジャー。でも、故郷があるかと言えば、それもなかったのです。

今日は熊本に引っ越した頃の制作活動について書きます。熊本には8年いました。

熊本への引っ越し後も、京都の店舗や個人のお客様からの仕事はしていました。熊本でも仕事や展覧会をしてみたいと思い、営業活動をしていましたが……

ある店舗の方:「どなたか熊本の方からのご紹介はありますか?もしくは、熊本での展覧会暦とか。」
私:「いえ、ありません。受賞歴と関東での展覧会暦、全国紙への掲載歴はこちらになります。」
ある店舗の方:「あ。全国……とかじゃなくて。熊本の人からの紹介が必要になります。」

やんわり断られているな…と思い、それ以上お話はしませんでしたが、京都で言う所の"一見さん御断り"の感じがしました。雑貨屋さんやカフェ、ギャラリー、色々、足を運んでみましたが、ダメでした。

それから7年、京都からの仕事をし続け、里帰りした京都で展覧会を開き、熊本のテレビ局から取材の依頼が来ました。

テレビ局の方:「熊本は、一見さん御断り的な所がありますが、これからは、うちに出た事を話していただければ、お仕事や展覧会、しやすいと思いますよ!」

しかし、もうその頃は、我が家は水面下で、熊本から脱出する計画を進行中でした。深夜放送でしたが、日中に何度も番宣が流れ、ご近所の方々が録画したりしてみんな見たと話していました。

どこの輪にも寄れない、故郷もないストレンジャー。これからどこへ引っ越ししたとしても、ずっとそうなんだと気付き、でも、何か手法は別にあるな……と思いながら、日々、模索しています……。

つづく。