かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第618話「父、母、そしてパパ」【2018年6月】

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父に最初、臓器脱の手術の可能性を話したら、ショックが大き過ぎたのか、後日、「あんたが……子宮が下がってるとかで手術する夢見たんや。」と話すから、お父さん!それ現実!近い未来の話だよ!と言ったらびっくりしていました。


次に。忙しかったので、膀胱の手術の可能性をラインしておいたら、何度も繰り返し着信が。お父さん!忙しいからラインで連絡したんだよ!通院の電車移動中や行事や…重なってて電話とれなかったよ!と話したら、「そうやったんか、落ち込んでいるかと思った。声を聞いたら元気で安心した。ところでPくん(パパのこと)はどうしてる?相変わらずか?」さすが、父です。いいところを付いてきます。何も話してないのに、ちゃんと分かっているのだな……と思いました。


Pくんは、人の気持ちや状況が理解できない人です。人に流されない、感情に引っ張られないので、私がどうなっても平常運転。下手したら、遺体になったら病院に引き取りに来るくらいの感じで。死んでないなら、一人で入院して、一人で手術受けて、一人で退院してくれば?という感じです。見舞いの意味や、家族が世話に来る意味、分からないようです。……私が、膵臓癌でとうとう緩和ケアに入ってしまった母を、見舞ったり、世話をしたかった事が全く理解できない様子で。「死んだら連絡あるのに、なんで毎日病院行くの?」と言っていました。


色々許せない過去の出来事もありながら、夫婦でいる私達に、私達のことはあまり話してこなかったのに、死ぬ4日ほど前、母が「Mちゃん(私のこと)今までありがとう。私は世の中で一番Pくんに感謝してる。私の育てた病気のMちゃんをお嫁さんにもらってくれたPくんが、私の唯一の恩人だ……」と言いました。


まともに話したのはそれが最後で、母は死期を感じたのか保険を解約して、先に父と娘達に配分されるようにしました。(解約しなければ全部父へ行ったのに。まだ元気だった頃、どうせ、大金もらったら、豪華なお葬式や、お墓に使ってしまうかもしれないから、お父さんにはあげないと話していました。)言葉が喋れないのに、震える手で保険の書類にサインして。翌々日の夜、死にました。


父は、母が弱っていく中、心が優し過ぎて、現実を受け止められない事がありました。何回か逃避しました。


母は、障害がある子を産み、育てる事に悩んでいました。通院や訓練などは、まじめに取り組ませる反面、虐待まがい?な対応をする事もありました。


パパは、障害がある妻をもらう事を重く受け止めてはいませんでした。私の母から感謝される意味も分からないと話しました。差別の感覚のない人や、全てを受け止める人だったわけではなくて、本当に一から何も感じていなかったのです。


落ち込み過ぎて後追い自殺するような旦那も、残された子供がいる場合困りますが、我が家のPくんは、これからどうしていくのかな……と思います。箇条書きで指令すれば必ずやるので、あれ、これ、手続きや日常の事は伝えてはいきますが。そこに気持ちはないので、家事はいいけど、介護や育児はキツい。うまく行かないだろうと分かるのです。


手術も、入院も。私自身がどこか痛みがあるとか、最悪死ぬとかは仕方ないと諦めがつきますが。Pくんに、かいじゅう兄弟を託せない……。心がざわざわするのでした……。


つづく。