かいじゅう兄弟

二分脊椎症のママと発達障害のかいじゅう兄弟が繰り広げるドキュメンタリー

第767話「無いものねだり」【2018年12月】

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正しい障害児の母親は、こんな場面じゃ、怒らない。優しく、包み込むように、冷静に、言葉を選び、対処する。それをペアレントレーニングや療育や通院の中で知ってきた、と、思います。正しい像は頭の中にあります。


でも、最近、繰り返し、連続してやられるかいじゅう達の様子に、怒りがたまって、飲み込んで吐きそうになったり、胸が痛くなったり。主にSは私に対して悪さを、弟Aくんはだいぶマシになっていますが、兄弟喧嘩の激しさは家の中の物が次々壊されるレベルで。しかもパパは一切理解してはくれないし(笑)。


私はしんどくなりました。


かいじゅう達の普通では無い行動も、パパが理解してくれない事や暴言を吐き続けたり会話がちぐはぐな事も、それは、期待する方が間違いで、一生治らず、こちらがスタンスを変えていくしかない問題である事もまた、私は、知っています。かいじゅう達に、時間を守って!とか、静かにして!とか、物を壊さないで!とか、普通にして!とか、パパに、もっと父親らしくして!とか、優しい言葉を選んで話してみて!とか、普通に会話して!とか、全部、それは幻想です。


無いものねだり。不可能です。


は!っと最近気付いた事は、私には家族がいないという事です。


家は落ち着ける場所ではなく、理解してくれる、話せる家族はいない。病気が悪化して死ぬとか、身体が痛いとかより、家族の中にまともに話したり生活したりできる人がいないのは、かなりキツいし、悲しいし、それこそ、かわいそうな状況です(笑)。


そういう意味で私は独りぼっちだなと思います。ずっと。前の家族にいた時も、母と折り合いが悪くて、そこにいるのにいないみたいな感覚がありました。今も。私が話しても言葉は空間に消えて行くし、今の家族である三人はそれぞれに精神疾患があるからコントロール不可だし、予想外のこともするし。私に家族はいない感覚か、もしくは、私はいるのに存在していない感覚です。何かベクトルの違う世界にいて、触れ合わない感じ。一致はせず、ひたすらにすれ違う。


私の手元にあるのは、正しい母親像と、処理できていない私の中の深い怒りだけ。これ、どうしようか……。もしかして、こんなに怒りがたまってしまっている私って、精神疾患のある三人の家族を勤められるような器じゃなかったんじゃないの?とも思います。


元々の私は、もっと適当で、いい加減で、遅刻も多い子で、怒りっぽくて、勉強もしない、ワガママな人間でした。


今の私、たぶん、思ってたんと違う。あと、私、正しい母親像を演じきれるような器じゃない。


と、分かったところで、逃げ場はなく。


私を解放してくれるのは、病気が悪化して自然と死ぬ事のみなのでした……。


つづく。